それだけを告げて胸を押さえた。
『じゃ、おれが行くから彗は、』
「ううん、芽吹、待ってて」
それじゃ駄目。
「待たせてばかりでごめんね」
ひとこと言って電話を切る。続きは後でって勿体ぶったテンションも、後で言ってしまいそう。
スマホをショーパンの後ろのポケットに仕舞って、また走り出した。何から何までわすれるために。何から何まで伝えるために。
公園を過ぎて、緩やかな坂を駆け上がる。遅い時間だというのに道路を走る車のライト、目が眩む。
駆けて駆けて、欠けた夏の熱の部分に埋まる汗。テキトーに拭う。興味無い。
閑静な住宅地。案内されなくてもわかる道。忙しい呼吸のなか、何度も見た、お洒落なつくりの門が目に留まった。
速度を落として息を整える。
どうせ隠せない急いだ証拠を、まだ隠す気になっていて苦笑した。
ようやく平静が訪れて深呼吸をする。門の前、深山と書かれた表札の横にあるボタンに指を伸ばした私は、静止せざるを得なくなった。
「なんっで今からおまえとデートなんだよ!」
「まぁまぁ落ち着いてよ。ていうかデートじゃなくてフツウに仕事じゃん? 都合よく主旨変えないで?」
「うっさいなあ、仕事って言いたくないからデートって言ってんでしょ。私、運転しないからね」
早口の言い合いが聞こえたかと思うと、深山家の玄関のドアが開く。
結構大きめな声量と開いた玄関から漏れる光、家から出てきた人たちに目が釘付けになった。
「めぶきぃ〜、お姉ちゃんお仕事行ってくるね〜」
「お兄ちゃんも行ってくるね。寂しかったら連絡してねー」
扉を閉めながら家のなかに向かってそう言った男女の言葉で確定する。芽吹のお兄さんとお姉さんだ。
咄嗟に動くことも出来ずに突っ立っていた私はようやく後ずさって、伸ばしかけていた手を下ろした。
逃げようと決め込んだ瞬間すら遅くて、同時に振り返った2人と目が合ってしまった。
「「あ、」」
驚きすらハモる2人はそのまま固まる。
「え、と」
何て説明すればいいかな。
明確な言葉が思いつかなくて勝手に焦りがせり上がる。
脳内をぐるぐると巡る色んな関係性の名前。友達、クラスメイト、同じ学校の人、なんかちょっと親しい人。どれもちゃんと機能してない。
「あの、私」
そう言い出した私に、芽吹のお姉さんがカツカツとヒールを鳴らして近づいてきた。
「ねぇ違ったら申し訳ないのだけど、芽吹の彼女?」
「違います」



