わたしはまだ、教科書に載っていないことや先生から教わっていないことは全く分からない。
灰慈くんの言葉がまるでとても難しい問題のように思えて、きょとんと首を傾げていると、腕を組んだ灰慈くんは企んだように口角を歪めた。
唐突に襲いかかる、恐怖に似た安堵。
『あのな、実は俺、まだ夢とかないんだわ』
しかし灰慈くんの言葉に、わたしは目を丸くした。
わたしよりずっと大人な彼は、アイスを選ぶよりも簡単そうなそれを、まだ持っていないという。
『え〜っ!?!?そうなの?本当に?』
『うん。だから俺よりもふみの方がすごいな』
目の前に浮かべられた、天使のように甘やかな笑顔。
普通のことなのに。みんな持っている何の変哲のないことなのに、灰慈くんはわたしの普通を褒めてくれる。
それだけで特別なことみたいに思えた。
『ふみ、手、出して』
言われた通りに両手を差し出した。手の中にころんと転がったのは、ミルク味の可愛い飴。偶然かもしれないけれど、わたしが好きな飴だった。
『がんばり屋さんなお姫様にご褒美』
普通のことを、灰慈くんが認めてくれる。むずむずと胸がくすぐったくなる。
まるで桜の花びらが舞い落ちる度に、ひらひらとわたしの胸を撫で、その心地よいときめきが妙に落ち着かない。



