いくら練習を重ねても、灰慈くんの香りと体温に五秒が限度のわたしは、すぐに離れた。ハグの練習、緊張をほぐす練習、けれどどきどきは収まらない。
「あの、ありがとう、練習」
灰慈くんの行動にはいつまでも新鮮で、わたしの世界には存在しなかった初めてを教える。
「ん。じゃあ、こっちおいで」
家主の灰慈くんに誘われてリビングに移動する。扉ひとつで仕切られたリビングはキッチンとリビングが同じお部屋で、寝室は可動式のパネルで仕切られている。インテリアデザイナーの灰慈くんのお部屋は全部がオシャレで、とくにソファーやパソコン用の椅子がすごく可愛い。約束のマカロンは冷蔵庫で眠っていて、渡されたそれはひやりとしていた。
初めて知るパティスリーの名前だった。
誰から貰ったんだろう……。
「それ、先輩の新婚旅行の土産。俺が食うより、ふみが食べた方が幸せだろ」
芽生えた疑問は即解決。そうなんだ、を咀嚼し、灰慈くんを見上げた。
「今日じゃなくても、明日でもよかったのに」
ぽつり、もうひとつの疑問を零せば、灰慈くんは口元に微笑みを携えた。素敵な笑みに、くらり、ときめく恋心。
「さて、なんで明日にしなかったと思う?」
「え?賞味期限……?」
「ちがう」
灰慈くんの言葉は、たまに難解。
「どうする、ふみ。灰慈くんは、ふみを連れ込む言い訳に使ったのかも」
「!!」
けれど答えは常に、ときめきで溢れている。



