「こういう時のために、パパを練習台にして、こっそり練習してたんだ。えらいでしょう」
したり顔のふみは、難なく俺の襟に沿って手を滑り込ませた。頭のてっぺんで纏められた明るいカフェオレ色が至近距離で行ったりきたりと揺れ動く。
「(……距離感、おかしいでしょうよ、)」
見つめると逃げる癖に、無防備に近寄る女の子。
「(……こっち、見ないかな……)」
長いまつ毛はくるんと上を向いており、光の加減でグリーンにも見える瞳は俺の首元をじいっと見ている。
「(ふみ、)」
心のなかで名前を呼ぶと、まるで引き寄せられるようにまん丸とした瞳が俺の元にやって来る。つよくつよく脈打つ鼓動。
「苦しくない?」
何も知らない女の子は、俺の窮屈感が気がかりらしく、律儀に訊ねてくる。
「うん。むしろ、もう少しキツくても平気」
「了解です、」
ふみはネクタイを結ぶことだけに全神経を集中し始めた。
「……友達できた?」
これを見ているのも一興だけど、目と手はネクタイにあげて、口は渡さない。するとふみは一度俺を見上げて、「うん!」と頷くと、再びネクタイを作り始める。しかし、ふみの口が紡いだ名前に、俺の頭上にクエスチョンマークが並ぶ。
「こないだオリエンテーション合宿があったでしょう?その時に仲良くなったの。時雨くんとか、夕陽くんとか、あとは……」



