「はいはい。バス来たからあとでゆっくり見るね」
「むー、ちゃんと見てよー」
ぷくっとふくれるふみを先にバスに乗せて、あとから乗り込むと、ふわりと瑞々しくて無垢な香りが漂う。
「そういえば、今日はスーツだけどネクタイはしなくても良い日なの?」
隣に座ると、ふみはこてんと首を傾げてくる。上目遣いの彼女は人差し指で俺の襟ぐりをつう、となぞるので、やれやれとため息混じりになってしまう。
「いや?今朝はする暇──……」
無かった、と言おうとして咄嗟にやめた。さっきの話の続きで、まつ毛のことを聞かれるとばかり思っていたのに、不意打ちはやめてほしい。
「する暇?」
しかし、ふみは逃さない。大事なことを聞き流し、どうでもいいことを知りたがるという、非常に面倒な性格をしているからだ。
だから「はい」とグレーのネクタイをふみに差し出した。何も知らないふみは当然のように「なあに?」と、ころんとした鈴の音を鳴らす。
「ネクタイ、きちんと結べるか、テスト」
もちろん、嘘である。付け焼き刃だけど、ふみはもちろん信じたようで、「抜き打ち!?そういうのは、前もって教えてよ」と、大袈裟に困っている。普通に可愛い。
「ふみのことだから出来ないよね」
どうする?と訊ねれば、先程まで食べ物をほうばったハムスターに似ていたふみは、ふふんと目で企んでは俺が差し出したネクタイを受け取った。



