「だからね、ふみ。これ使っていい?」
灰慈くんのスマホカバーから出てきたのは小さな紙だった。頭の隅っこに形状保存された、宝物のような記憶が私に教える。
いつかの灰慈くんの誕生日、自信満々にあげた灰慈くんへのプレゼント。そのへたっぴな字は幼いわたしがまるでお手本のように上手に書けたと自画自賛していた
”なんでも言うこと聞く券“だ。
「えっ、持ってたの?」
「一応」
けれどもう、わたしですら覚えていないほど昔の記憶で、まさかそれを、灰慈くんが持ってくれているなんて思ってもいなかったのだ。
「ここからは、もっと先の話になるんだけど」
「同棲よりも?」
「うん。大学を卒業したら、結婚してほしい」
「え」
さらり、流れるように追加されたのはわたしがずっと言い続けていたプロポーズだった。だから、言うのは覚えがあっても、聞かされるのはもちろん初めて。胸の奥がじんわりと熱を帯びて、鼓動は福音を鳴らす。
「私、六年間の大学に行くつもりだよ?それまで、待ってくれるの?」
「それくらい待つよ」
灰慈くんは困惑したように微笑む。
「ふみが想ってくれた期間に比べると、短すぎるくらいだよ」
そう言って彼は片方の手を離し、ポケットから小さな小さな箱を取り出した。



