灰慈くんは洗顔の後、歯磨きを始めた。わたしは灰慈くんのうなじも、襟足も大好きなので後ろ姿も眼福だ。ちょんと跳ねた後頭部の寝癖が愛おしい。言うべきか迷って「灰慈くん、ここ跳ねてるよ」と、良い子の私を選択する。
「直せる?」
「うん、やってみる」
かわいい灰慈くんから、いつもの王子さまへの過程を見ている気分。もちろん、どちらの灰慈くんも漏れなく大好きなので安心していただきたい。
それから、そういえば朝ごはんが用意されていないことに今更気付く。そうだよね、一人暮らしだもん。全て自分で用意して、自分で完結させるのが一人暮らしの基本だ。
大学を卒業してから、ずっとこの暮らしを完成させている灰慈くんは、その頃からきっと大人だったのだ。わたしはあと五年後、一人暮らしができるだろうか。ちっとも出来そうにない。
「あの……ごめんね?朝ごはんとか、用意した方が良かった?」
「俺、朝食抜きが多いんだよ」
「そっか!覚えておくね!」
「頼もしいな」
灰慈くんは舌を巻いたように頷くと、くすり、その笑みが意地悪な形へ変化する。
「でも、ふみが用意してくれたら、朝食も食べるかもよ、灰慈くんは」
こうやって彼はわたしを悩ませるのだ。



