あたふたとするわたしを他所に、灰慈くんはその後、まったく動こうとしない。不安が煽られるのは必然で。
「あの、灰慈くん、準備……」
と、なんとか声を出せば「うん、おやすみ」と、大人の灰慈くんは不真面目な言葉を聞かせる。
「駄目だよ、おはようしなきゃ」
「ふみが起こしてくれないから」
「明日は、成功させるから」
「残念。失敗したらまたお仕置してやろうと思ったのに」
「えっ」
視線が重なる。まなざしのその先にいるのは、わたしの決意を揺るがす、ふしだらな大人。わたしのハートを奪って、返してくれない罪な人。
またこの状況になるの?だったら、失敗もいいんじゃないの?と、悪魔がささやく。どうしよう。どうすればいい?
「ど……努力します!!」
灰慈くんはやわらかく微笑んだ。それが返事と受け取った。すると突然、後頭部を引き寄せられて、ほんの軽く、わたしの額にくちびるの熱が移された。
いったい、何が起こったのか。理解するのは簡単だけど、感情が追いつかない。
「まちがえた」
瞬きをひとつ。灰慈くんはわたしの頭をかるく撫でる。
パパとはちがう、大きな手のひら。
「これくらいで赤くなるのか」
赤くさせているのは、いったい、誰のせいなのか。



