「ふみ、お前素直すぎねえか」
困惑したように──自意識過剰に言えば、降参したように眉を下げる彼の表情が、あまりにも優しくて、息が詰まった。
「さっきの話が本当なら、灰慈くんがずーっと特別扱いしてくれた賜物じゃない?」
上目で見上げると「俺のせいか……」と、灰慈くんは再び眉根を下げた。
「だからわたしも一緒に考えたい」
「考えたいって、なにを?」
「先のこと。二人で先のことを考えたいの。……だめ?」
その短い応酬のあいだに、空気が少しだけ変わった。灰慈くんの髪の毛がわたしの頬に触れるたび、胸の鼓動が自分のものじゃないみたいに跳ねる。
「ふみこそ分かってんの?俺は王子さまじゃなくて男だよ」
「……分かってるよ」
その一言を口にするまでに、どれだけ勇気がいっただろう。わたしの声は震えていたけれど、心だけはまっすぐだった。
「じゃあやめるけど、いいの」
「……なにを?」
「王子さま」
灰慈くんがそう言った瞬間、空気がやわらかく揺れた。
わたしは答えようとして、けれど言葉が見つからなかった。代わりに、頬を伝う温かいものが落ちていく。
泣くつもりなんて、なかったのに。言葉より先に、涙が全部受け取ってしまった。
灰慈くんの手が、そっと涙を拭う。その手のひらの温度が、まるで続きを語っているようで。滲んだ世界で見詰めていれば、不意に灰慈くんのその目が静かに伏せられるのを見た。
二重の線の上にポツンと佇む小さな黒子が近づいたその時、くちびるに柔らかな温もりが触れた。



