通い慣れた部屋。灰慈くんの香りで充満した部屋。特に、今は、香りが近すぎてくらくらする。
灰慈くんが居れば安心する場所。一人でいると落ち着かない場所。その玄関先にて、好きで好きでたまらない人に、わたしは何故か、されるがままに抱きしめられている。
少し硬い生地が抱きしめられたことにより衣擦れの音を聞かせた。灰慈くんの柔らかな髪の毛が頬に当たった。自分の鼓動の音が、これでもかと言うほど大きく聞こえた。静寂に包まれた部屋。灰慈くんの呼吸音が耳に触れた。
やがて、灰慈くんはわたしの肩に預けていた顔をゆっくりと離した。至近距離で向き合う形となった。けれど、灰慈くんはわたしの腰に回したその手から、力を緩めようとはしなかった。
「(いま、何を考えてるんだろう)」
琥珀色の瞳がわたしを映す。彼の人差し指がわたしの前髪を撫で、サイドの後れ毛を耳にかけると、導線上の頬に触れた。
「……浴衣、似合うな」
灰慈くんの目が細く、優しい形になるのを見た。
「可愛い?」
「可愛い可愛い」
口癖のような言葉はいっとう穏やかな声で、まるで甘やかされているようだった。
けれど、今日だけは少しでも頑張りを認めて欲しい。
「子供扱いだ」
いつも通り、をランクアップさせたくてツンと口をとがらせると、灰慈くんは顔を近づけるから、額がコツンとぶつかった。
「特別扱い」
それはまるで宝物のように、わたしの心に響いた。



