メルティ・エモーション

「わたしの原動力は、いつだって灰慈くんなんだよ」

頑張って浴衣を着付けたのも、髪型を研究したのも、会う前は肌荒れしないようにって気をつけるのも、花火を一緒に観たいのも、灰慈くんだから。

灰慈くんは何も言わなかった。

いいもん。灰慈くんがお家にいなくても、勝手に合鍵で入っちゃうもんね。

こうなったわたしは、誰にも止められないことくらい、灰慈くんもわかってる。

「じゃあ、またあとでね!」

勝手に話を終わらせて、また走った。すぐ息が荒れた。鼻緒がくい込んで痛いし、帯が解けてしまわないか心配だし、伸縮性のない生地が擦れて走りにくい。なのに、わたしは走るのをやめようとしなかった。

灰慈くんのお家にたどり着いた頃、視界のはしっこでぴかぴかと空が光っているのを見た。遅れて聞こえる重低音。ああ、始まった。

落胆するのはまだ早い。だって、わたしの中で花火大会はまだ始まっていないのだ。

花火大会の香りなんて全然しないいつものマンション。

一応、インターホンを鳴らした。5秒待って反応がなければ勝手に入る。そう思っていたのに、ドアはゆっくりと開いた。

「……まじで来たのかよ」

現れた灰慈くんはラフなTシャツとジャージ姿だった。