触れそうなほど近い、数センチメートル。動けば触れそうな距離。けれど、その距離がゼロになることは無い。
「可愛いな」
息がかかる距離。囁き声が耳の奥を撫でる。
灰慈くんの本命がわたしだったら嬉しい。他に本命がいても、しかたないなって思う。
近づきたい。離れたくない。
でも、近づきすぎると息が止まる。呼吸ができないままわたしはもがいて、いつか死んでしまう。
灰慈くんの熱は包み込むものではなく溶かすもの。
わたしの心に恋を名付けたのはあなただから、離さないで欲しい。捕まえて欲しい。
「ところでふみ、俺はふみを外泊させたお詫びとして久遠寺先生の好物を持って謝りに行こうと思ってるんだけど」
「あ、あの、それは起きなかったわたしが悪いから、灰慈くんが謝る必要はないよ?」
「うん、大人としてそれは無し。つうことで久遠寺先生が好きそうな物一緒に選んでくれるとすごく助かるわ」
「それはお任せ下さい!わたし、パパがすきなもの何でも知ってる!」
胸を張って言い切ると、灰慈くんは笑いをこらえたように「よろしく」と呟いた。
「賄賂だね?」
「賄賂だな」
「ふふ、灰慈くん。花火大会、楽しみだね」
その言葉に、灰慈くんが一瞬だけまぶたを伏せた。返事を待ったけど、彼はただわたしの頭を軽く撫でてこう言った。
「……そうだな」
ほんの少し、胸が痛んだ。
それがなんの痛みなのか、わたしにはまだ分からなかった。



