「……千雪、」
「は、はい…」
「それは遠すぎないか?」
隣、数メートル開いた先だった。
だ、だって心臓が…!
はち切れそうで…!!
見かねた仁くんが近づいてくる。
それから逃げるように一歩一歩ズレていく。
「千雪…なんで離れる」
「き、気のせいです…」
気のせいではありません。
確実に逃げています。
自覚症状があり過ぎている。
「タバコ嫌いなら無理しなくて、」
「い、いえ!仁くんのタバコなら私…!」
”好きです。”
意識していた言葉が出そうになり顔が赤くなる。
「っっ…や、やっぱりなんでもありません…」
「おい…また遠くなってんぞ」
逃げすぎて、元居た場所から遠く離れた。
「いい加減に…しろ!」
「ひゃぁ!」
腕を引っ張られ、仁くんの胸に飛び込んだ。
目がぐるぐる。
心臓ばくばく。
抱きしめられてて逃げられない。
……ど、どうしよう!!
音が聞こえちゃいます!
押し返して何とか抜け出そうとするが、逃げ道ゼロ。
どうすれば…!
「…こうされるのが嫌か?」
耳元で声がした。
…嫌?
そんな事思ったことない。
あなただから。
それはあなたにされてるから。
離れようとした仁くんに背後から抱き着いた。
「ち、ゆき…?」
タバコの匂いと仁くんの匂い。
香水かな…?
いいにおいがする。
「…私、嫌じゃない…です。仁くんにされた事全部、嫌じゃなかった…。抱きしめられるのも、名前を呼ばれるもの、傍にいてくれるのも、手を繋いでくれるのも…キ、キスしてくれたのも…全部…」
ぎゅっと力強く抱きしめる。
「わ、わたし…!」
言いかけた言葉は、言えないままになってしまう。
それは…私の知っている彼の登場で。
全てが壊れてく─────────。


