拝啓、前世の恋人へ。恋知らずな君を千年分の愛で離さない

「あれはただのお礼だ。だから髪の表面にしか触れないように気をつけただろう?」

『だろう?』って……。

 絶句していると、彼が「そういえば」となにかを思い出したようにつぶやく。

「美緒は、来週の土曜日はなにか予定がある?」
「特になにもありません」

 東京近郊に親しい友人のいない私には、基本的に書道教室以外の予定はない。教室は月二回の開講で、直近は今週の土曜日。つまり来週は休みだ。

「よかった。じゃあ来週の土曜日に、僕の実家へ行くのでもいいかな?」
「えっ!」

 来週の土曜まであと二週間を切っている。いくらなんでも早すぎでしょう! と思ったら、彼が困ったように眉を下げた。

「やっぱりちょっと急すぎるか。でも困ったな。予定が合う日がそこしかなさそうなんだよな……」

 彼は、両親共々忙しくしていて、来週の土曜日を逃せば半年後になりそうだと言った。

「半年後……」

 半年間この状態なの? それはさすがに無理よ……。

 東雲さんのためにも、早く恋人役を終わらせて離れた方がいい。私が彼の両親と顔を合わせれば、しばらくはお見合いのことをうるさく言われないだろう。その間に本物の恋人を探せば、半年後には本物の結婚相手を両親に合わせることも可能なはずだ。

 今は私のことをすきだと言ってくれているけれど、離れてしまえばすぐに忘れるだろう。ご両親に会うという役目を果たしたら、この居候生活も解消しよう。新しいアパートを探して、ここから出ると心に決める。