「じゃあ、せめて箸だけでも。ね?」
小首をかしげて言われ、思わず「うっ」と言葉に詰まった。自分より六つも年上の大人の男性に、そんなふうにかわいく頼まれた経験なんて一度もない。彼が指さした棚を見ると、漆塗りにきらきらとした螺鈿細工が入った夫婦箸が置かれていた。
「きれい……」
思わずつぶやいたとき、背後から「失礼いたします」と声をかけられた。振り向くとスーツを着た壮年の男性が立っている。
「智景さん、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです、支配人」
東雲さんが口にした言葉に驚く。目の前の男性の胸もとにさっと視線を走らせると、ネームプレートに『津雲屋東京本店 支配人』と書かれていた。
支配人は外商担当から東雲さんが来ていると連絡を受けて、挨拶をしに来たそうだ。それに対して彼の方も「お気遣いなく」とお礼を言う。そんなふたりの会話をはたで聞いている私の頭の中は、驚きを通り越してある種の恐ろしさのようなものを感じていた。
別世界のようなマンションといい、運転手付きの送迎車といい。彼の肩書きと『東雲』という名字。それらすべてを結びつけて導き出されるひとつの結論が、どんどん真実味を帯びていく。
小首をかしげて言われ、思わず「うっ」と言葉に詰まった。自分より六つも年上の大人の男性に、そんなふうにかわいく頼まれた経験なんて一度もない。彼が指さした棚を見ると、漆塗りにきらきらとした螺鈿細工が入った夫婦箸が置かれていた。
「きれい……」
思わずつぶやいたとき、背後から「失礼いたします」と声をかけられた。振り向くとスーツを着た壮年の男性が立っている。
「智景さん、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです、支配人」
東雲さんが口にした言葉に驚く。目の前の男性の胸もとにさっと視線を走らせると、ネームプレートに『津雲屋東京本店 支配人』と書かれていた。
支配人は外商担当から東雲さんが来ていると連絡を受けて、挨拶をしに来たそうだ。それに対して彼の方も「お気遣いなく」とお礼を言う。そんなふたりの会話をはたで聞いている私の頭の中は、驚きを通り越してある種の恐ろしさのようなものを感じていた。
別世界のようなマンションといい、運転手付きの送迎車といい。彼の肩書きと『東雲』という名字。それらすべてを結びつけて導き出されるひとつの結論が、どんどん真実味を帯びていく。



