はくはくと口を空回りさせている私の隣で、東雲さんが「もしかして」と言う。
「異動してきたばかりの彼女に色々と親切にしていただいた方でしょうか。ささやかですが、金曜の食事はそのお礼です。あ、よろしければクリーニング代も出しましょうか」
東雲さんが財布の中から一万円札を数枚取り出そうとすると、長澤さんは慌てたように断る手ぶりをした。
「い、いえ……そこまでしていただかなくても……」
私にはクリーニング代を請求したくせに、東雲さんからだと断るのか。
やっぱりあれはただの嫌がらせだったのだとわかって、釈然としない気持ちでいたら、目を丸くした東雲さんがにこりと微笑んだ。
「そうですか? てっきり食事代を全額美緒に払わせるくらいなので、クリーニング代すら出せないほど懐がお寂しいのかと思いましたが」
「なっ!」
一瞬で長澤さんの顔が赤くなった。さすがに食事代を私に押しつけたことは、よくないことだと思っているらしい。しかもそれを衆人環視の中で指摘されたのだから、屈辱に違いない。
みるみる憤怒の顔になっていく長澤さんとは対照的に、東雲さんは優雅な笑みを一ミリも崩さない。――が、長澤さんの方へ一歩だけ距離を詰めると、ろうそくの火が消えるように、ふっと笑みを消した。
「たとえ同僚だろうとなんだろうと、食事代を相手に押しつけて一円も払わずに店を出るような輩は、金輪際彼女の周りをうろつくな」
それだけ言うと東雲さんは私の方を振り返った。
「さ、帰ろうか、美緒」
再びそっと肩に置かれた手に、不思議な温もりを感じる。
エントランスから出るまでの間、私達は一度も後ろを振り返らなかった。
「異動してきたばかりの彼女に色々と親切にしていただいた方でしょうか。ささやかですが、金曜の食事はそのお礼です。あ、よろしければクリーニング代も出しましょうか」
東雲さんが財布の中から一万円札を数枚取り出そうとすると、長澤さんは慌てたように断る手ぶりをした。
「い、いえ……そこまでしていただかなくても……」
私にはクリーニング代を請求したくせに、東雲さんからだと断るのか。
やっぱりあれはただの嫌がらせだったのだとわかって、釈然としない気持ちでいたら、目を丸くした東雲さんがにこりと微笑んだ。
「そうですか? てっきり食事代を全額美緒に払わせるくらいなので、クリーニング代すら出せないほど懐がお寂しいのかと思いましたが」
「なっ!」
一瞬で長澤さんの顔が赤くなった。さすがに食事代を私に押しつけたことは、よくないことだと思っているらしい。しかもそれを衆人環視の中で指摘されたのだから、屈辱に違いない。
みるみる憤怒の顔になっていく長澤さんとは対照的に、東雲さんは優雅な笑みを一ミリも崩さない。――が、長澤さんの方へ一歩だけ距離を詰めると、ろうそくの火が消えるように、ふっと笑みを消した。
「たとえ同僚だろうとなんだろうと、食事代を相手に押しつけて一円も払わずに店を出るような輩は、金輪際彼女の周りをうろつくな」
それだけ言うと東雲さんは私の方を振り返った。
「さ、帰ろうか、美緒」
再びそっと肩に置かれた手に、不思議な温もりを感じる。
エントランスから出るまでの間、私達は一度も後ろを振り返らなかった。



