拝啓、前世の恋人へ。恋知らずな君を千年分の愛で離さない

 万由美さんを玄関まで見送ってリビングに戻った私は、空になったコーヒーカップを見つめたまま、その場に立ちすくんだ。

 私の失敗が智景さんの失敗に……。

 彼の足を引っ張る存在にはなりたくない。
 じゃあ、彼から離れればいい。もともと、顔合わせの役目が終わったら、ここを出ていこうと思っていたはずだ。 いつの間にか彼と過ごすことが楽しくなって、新たな住まいを探すことすら無意識に後回しにしていた。

「でも……智景さんと一緒にいたいの。離れたくない……」

 心の中でつぶやいた途端、自分の中の欠けた場所に、ぴたりとはまる感覚がした。

 私……彼のことがすきなんだ。

「うそ……」

 信じられない。だけど、確かに自分は彼のことがすきなのだとわかる。こんなにも強く『離れたくない』と思えたのは、記憶の中以外では初めてなのだ。

 彼は私のことをどう思っているのだろう。まだすきだと思ってくれている? 
 確かめたいけれど、もし違っていたらと思うと怖くなる。

 それに万由美さんから言われたこともある。彼の両親に反対されれば、たとえ両想いでも一緒にいられない。想いが通じた直後に別れなければならないなんて嫌だ。

 千年も前の別離を覚えているせいで、その痛みを生々しく思い出せてしまう。あと一歩踏み込むことを躊躇してしまう。

 感情と思考がぐちゃぐちゃに乱れ、結局書道教室は休んでしまった。