拝啓、前世の恋人へ。恋知らずな君を千年分の愛で離さない

 下唇をきゅっと噛みしめると、万由美さんがふうっと息を吐く。

「そのご様子だと、智景からなにも聞いてらっしゃらないようね」

 あきれたようにそう言った万由美さんが話したのは、智景さんの後継者としての厳しい現実だった。

 智景さんは東雲宗家の御曹司ではあるが、東雲商事の後継が確約されているわけではないという。分家やグループ内の派閥などあらゆるところから、東雲商事の次期トップの座は狙われているそうだ。

 今のところ智景さんは血筋的にも業績的にもトップに最も近い。けれどその分敵対する派閥からの風当たりも強くなる。
 業績を上げ続けなければ無能だとみなされ、少しでもミスを犯せば一気に足元をすくわれる。想像もつかない世界に目が回りそうだ。

「派閥や分家に少しでも弱みを見せるわけにはいきません。強い後ろ盾となるような良家のお嬢さんが、智景にとって最善の結婚相手だと言えるでしょう」

 心臓がどくんと音を立てた。

 私の実家は、市役所勤めの父親とパート主婦の母親というごく一般的な家庭だ。智景さんの後ろ盾にはなりようがない。

 彼にとってなんの役にも立たない存在だという事実を突きつけられた。この後投げられるであろう言葉に備えて、ひざの上の両手をぎゅっと握りしめる。