「連絡もせず急に押しかけてきてごめんなさいね」
「いえ……」
ソファーに座る女性の前にコーヒーを置き、自分も腰を下ろす。
「ありがとう」と言って上品な所作でコーヒーカップの取手をつまんだ彼女を、思わずじっと見つめる。
高級そうな着物を身につけ、艶やかな黒髪を夜会巻きにし、背筋の伸びた美しい姿勢で座っている。まさに上流階級の奥様、といった感じだ。
『東雲万由美』と名乗った彼女は、智景さんのお母様だった。
智景さんは出張へ行ったことを伝えると、『知っています』と返ってきた。ということは、私に直接言いたいことがあるということだ。
もしかして、挨拶に行く予定がキャンセルになったのも、今回のこととなにか関係が……。
いやまさかね、と嫌な予感を打ち払って視線を上げたら、万由美さんも静かにカップをソーサーに戻し、こちらに顔を向けた。真っすぐに見据えられ、心臓がどくんと波打つ。
「単刀直入に申し上げます。あなた、覚悟はおありかしら」
「えっ……」
喉が詰まったみたいに声が出せない。どういう覚悟かなんて、なにひとつわかっていないからだ。



