拝啓、前世の恋人へ。恋知らずな君を千年分の愛で離さない

 信じられない。こんな高級旅館には、そんなサービスがあるのだろうか。スイートルームに宿泊するのも初めてなので、なにが通常なのかわからない。自分の常識が覆られそうだ。くらくらする気持ちになりながらリビングに戻った。

「ああ、ちょうどよかった、美緒。申し訳ないけれどこれに記入をしてもらっていいかな?」

 智景さんが一枚の紙を差し出してきた。宿泊者名簿用紙だ。すでに彼の方は書き込んである。相変わらずお手本をなぞったように、几帳面なほどに丁寧な字だ。普段飄々としている彼の意外な一面だと思う。

 やっぱり〝あの筆跡()〟とは似ても似つかないわよね……。

 もちろんペンと筆の違いはあると思う。けれど、それを踏まえても、智景さんが書く字には一切の〝遊び〟がない。
 記憶の中の文字は、繊細な優美さと、風に揺れる柳のようなしなやかさがあった。まるで智景さんそのもののような――。

 そこまで考えたとき、はっと我に返った。

 なにを考えているの! まるで智景さんがあの文字の主ならいいと思っているみたいじゃない。
 いいえ、そんなことないわ。きっと新たな記憶が突然よみがえったせいですこし混乱しているだけ。あのとき一緒にいた彼と記憶の男性を混同してしまってはだめ。

 もらった手紙の筆跡は、目を閉じても思い出せるほど鮮明に覚えているくせに、本人の顔はどうしても思い出せない。霧がかかったかのようにぼんやりとしていて、無理に思い出そうとするとめまいのようなものを感じてしまう。