偽りのファントム・ペイン。存在しないはずの痛みだけど、零を悼む気持ちだけは本物だった。
だって、あたしはきちんと零を愛していた。最初がどうであれ、あたしは零に心身を捧げていた。
「あたしはずっとね、零のことが忘れられないの」
あたしの隣でふつりと生命が消えた。肉体も精神も、神様に連れ去られてしまった。そんな彼のことを忘れたことなんて今までに一度もなかった。忘れられるわけがないし、忘れてはいけないのだ。
詠に惹かれていた時期も確かにあった。だけどあたしは今在零とつきあって、愛し合って、肉体でつながっていた。それは変えようのない事実だ。
なのに詠は、澄んだふたつのビー玉の中にあたしを閉じ込めて、絶望、みたいな顔をする。
「おまえはずっと、零の思う壺だよ」
零と詠。0とa。つまり無と有。
似ているけれど全然違う。澄んでいるのに死んだ目をしている詠と、濁っているのに生々しく生きている目をしている零は、顔の造形は似ていても根本がまったく違っている。
詠が泣きそうな顔をしながら、唇を震わせた。
「おれは、おまえのことが好きだった」
「……え?」
準備できていないのに、いまから模試を返却します、と言われたような。いや、違うな。どちらかといえば、青になった信号を渡り始めたら、なぜか車が突っ込んできた、みたいな感じか。
理解できないから、もちろんこちらも意味のある言葉を放てない。頭の中が疑問符でいっぱいになる。
ていうか、なに。あなた、あたしのこと好きなの? 優しくしてくれないくせに?
「おれは高校のときからずっと、話したこともないおまえに惹かれてた」
「なに、それ」
「双子だから、好みが零に似たんだよ」
何かを間違ってしまった感覚がする。部屋の中には、あたしたちの静かな呼吸だけが微かに熱を持っていた。