マイナスの矛盾定義

ここにいるってことは、それぞれがそれぞれ何かを抱えてる。それは分かる。だけど1つでも逃げ道があるのなら生きろ。

俺達のしていることが必ずしも正しいわけじゃない。正しいと信じていたことが誤りに変貌することだってある。犯罪者がいれば被害者もいる。

だけど、それでも生きろ。極端な言い方をすれば他人なんて構うな。

自分が他人や環境のせいで死ななければならなくなった時、どんな手を使ってでも生きる希望を捨てないでほしい。

そんな時は心から死にたいなんて思ってないはずなんだ。

どっかで生きたいと思ってるはずなんだ。

俺もクリミナルズに来る前はそうだったから分かる。

追い詰められて死のうと思った時、抱えている物に押し潰されそうになった時、一晩寝て朝の光の中で一度考えてほしいんだ。本当にもう逃げ道はないのかってな。

今苦しくても、逃げた後の人生は今よりずっと輝いているかもしれない。


何でこんな話すんのか不思議だろ?

就任の挨拶で何話すかずっと悩んでてな。

今までのリーダーほどカッコイイことは言えなくても、俺がこれからクリミナルズをどうしていきたいか、どんな存在にしたいか、それだけは伝えたいと思ったんだ。

リーダーの立場でクリミナルズにどうあってほしいか、先代ならどう言うか考えたんだ。

それで気付いた。

この組織には何度リーダーが変わっても、変わらないことが1つある。

俺はその1つの方針を貫き通すために、今日リーダーとしてここに立ってる。


俺は―――お前らの逃げ場の1つとしてクリミナルズを提供し続けたいと思う」
ゆっくりと話す陽の言葉を、皆はずっと黙って聞いていた。


これだけの人がいるのに、誰も話そうとはしない。


先程までのざわめきが嘘のようだった。





静かな空間で、陽はすぅっと大きく息を吸い―――叫ぶ。



「泥水啜ってでも人生謳歌しろ、犯罪者共《クリミナルズ》!!」



その瞬間、誰もが感じたと思う。


―――クリミナルズに新しい時代が来たと。


シャロンの統べていたクリミナルズは過去のものになったと。





遅れてワァァァ…と歓声が上がり、その後拍手の嵐が起きる。


止まない拍手の中、目を押さえ眉間に皺を寄せて泣いていたのは、先程の子供達ではなく――陽だった。
挨拶が終わり集団が解散した後、私は陽が通るであろう廊下に立って待っていた。


予想通りやってきて、私を見て立ち止まった陽にいつものふざけた雰囲気はない。


いつもならセクハラの1つでもかましてきそうなところだが、陽とはあの船以来会っていないし、気まずさもあるだろう。


お互いどう声を掛けていいか迷うように数秒見つめ合った後、沈黙を破ったのは陽だった。



「どっか行ってたのか?山行くみたいな格好して」



第一声がファッションチェックか、と思って少し笑ってしまう。



「研究所の跡地に行ってきた帰りなの。多くの死者を出したから、追悼しに行ってきたわ」


「…研究員のことか」


「ええ」



死んで行った研究員達にもその人達なりの人生があって、家族や友人もいたんだろうなって思うと、何もしないのは後味が悪い。


私の目的のために犠牲になった人達。


私が殺したあの研究員。


ラスティ君の母親に似ていたという如月。


その一人一人が尊い命だった。
―――今回死んだのは、研究員だけではなかったけれど。



「ごめんな。止めてやれなかった」



シャロンが死ぬことを、という意味だということはすぐに分かった。


あれからジャックは私の要望通り死体を回収し、シャロンであることを確認したらしい。


そのことは陽にも伝わっているだろう。



少しだけ笑顔を作って首を振れば、陽も少し悲しそうに笑う。


その表情を見て、やはり“あのこと”はこの人に委ねるべきだと感じた。



「貴方に伝えたいことがあるわ」



挨拶があろうとなかろうと、どちらにせよ陽とは1度会うつもりでいた。


キャシーが私を陽の挨拶に誘ったのはたまたまだが、良い機会だ。





「夏祭り、続けてほしいの」



クリミナルズの夏祭り。毎年盛り上がる行事。


メンバーからの人気が非常に高いイベントだから、そもそも無くなる可能性の方が低い話ではあるのだが……何かあった時のために、今、陽に託しておきたい。
「シャロンが、あれを未来に引き継いでほしいって言ってた」



シャロンがあの夏私に頼んだことだが、私はもうクリミナルズの人間じゃない。


だったら、然るべき相手に任せるのがいい。



「―――了解した」



陽はそれをシャロンからの命令であると受け取ったらしく、力強く答える。


彼の中のクリミナルズのリーダーは、私と同じように、きっと今もシャロンのままなのだ。


シャロンがリーダーであってほしいと最も願っていたのは陽であることを、あの子供達は知らないだろう。



「……来て良かったわ」



長年私の逃げ場であり居場所であったクリミナルズ。


私はもう彼らの一員じゃない。


だけど、今日ここに来てクリミナルズの今後がはっきりと見えた気がした。



「もう戻ってくるなよ」


「そこはたまには戻ってこいって言うところじゃないの?」


「こんな場所、戻ってくるべきじゃねーよ。アリスちんはアリスちんの人生を歩みな」



こんな場所、って。貴方だって大好きなくせに。


未来へ歩いていこうとする私の背中を押すための言葉を吐く陽に、私は「ありがとう」と言って微笑み、歩き始めた。


決して陽を、後ろを振り返らずにクリミナルズの滞在地を去る。










桜の花びらが風と共に散ってゆく。


顔を上げると、そこには青い青い空が広がっていた。
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出会いや別れ
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得るものや失うもの

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沢山の経験が詰まった
《《<--->》》
私の1年は過ぎ去った


《《<--->》》
あの遠い日々を忘れることは
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今も、ないのだ





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〈 マイナスの矛盾定義 〉





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物語は終わりを迎えることになる
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窓の外の春らしい景色を眺めていると、ジャックが珈琲を飲む私の隣に座った。


「考え事?」


そう聞きながら、少し長くなっているのが気になるのか、私の髪に触れる。



「昔のことを思い出してたわ」


「昔ねぇ。いつのことかな」


「まだ不老不死だった時のこと」


「あぁ…あの時は俺も若かったなぁ」


「今思い返すと遠い物語のように思えるわ」



ジャックも少し思い出したようでクスクス笑いながら、テーブルに置かれた私のマグカップの中の黒い液体を勝手に飲む。


長年一緒に生活していると家族みたいな感覚になって、こういうことも自然と気にならなくなった。
ちょうど多く入れすぎたと思っていたところだったしいっそ全部飲んでほしいところなのだが、ジャックは一口二口飲んだところでマグカップをテーブルに置き、私の方を見て謎の言葉を吐く。