マイナスの矛盾定義

そう思って研究所の周りをうろうろしていると、私より先にバズ君が何かに気付いたようで。



「あの人じゃない?」


「え?」


「ほら、あそこに人が2人いるでしょ」



バズ君が指差したのは、窓から見える研究所の中だった。


火が燃え盛る中、マッシュルームカットの長身の男と、先程見たブラッドとかいう人が向かい合って立っている。



「あれですわ…!もう1人は…研究員でしょうか?ファッションセンス無さ過ぎですわ!」


「初対面の相手のファッションセンス馬鹿にしちゃ駄目だよ…」



ブラッドとかいう方、どうやって外に出て来るおつもりですの?


火に囲まれていますわ。



と――そんなことを思っていた時、そのブラッドが床に倒れるのが分かった。



「え……っ…死…!?」


「よく分かんないけど、あの人はキャシーの協力者なの?」


「そ、そうですわ!どうしましょう、このままじゃ死……っていうかあれ、もう死んでません!?全然動きませんわ!」



窓を壊して入っていこうとする私の腕をバズ君が掴んで止める。



「ここからじゃ無理だよ。ていうか、どこからも無理。この火じゃ近付けない」


「でもあれ、リバディーの重要な人っぽいですわよ!?」


「リバディーは敵組織でしょ」


「でも今は協力してるんです!」


「もう死んでるっぽいけど?」


「ま、まだ分かりませんわ!早く行かなきゃ――」


「この火の中行ったらキャシーが死ぬよ。まずは消火」


「そんなことしてる暇、」



私を無理矢理引っ張って引き戻すバズ君は、落ち着いた声で言う。



「こういう状況でこそ冷静さが必要。そんなに助けに行きたいなら、遠回りしなきゃね」



バズ君の言葉によって何とか冷静になった私は、今すべきことを考えた。


火を消さなければ安全に向こうには近付けない。



となると……。



「消火器があったはずですわ!あれを持ってきましょう!」



助けられるかは分からない。


もう手遅れかもしれない。


でも、それでも――私に今できることを。
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さぁ、ラストスパートだ。
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物語は繋がっていく。
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たとえそれが―――



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『 背理法みたいでしょう? 』





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episode13
《《<--->》》
〈 アリスサイド 〉
頭痛がする。


体が重い。


眩しい。


五月蝿い。





強い光が上から私を照らしている。


アラームの音も必要以上に大きい。



「悪いね、無理矢理起こしてしまって」



音が止まったかと思うと、誰かに話し掛けられた。



何度も聞いたことのある声であるのは分かるのに、声の主が誰だか分からず、私は視線だけをゆっくりと声のする方向に向けた。



私の寝転がるベッドの隣に、ジャックが座っている。


ここは……どこかのホテルの一室?



そこで状況を思い出した私は、勢いよく身を起こした。


聞きたいことは山ほどあるのに質問を整理できず、口から言葉が出て来ない私に、ジャックはゆっくりと伝えてきた。



「ブラッドに場所を教えられてね。全て終われば迎えに行く予定だが、もし自分が何らかの理由で来られなくなった場合、俺に君を迎えに行ってほしいと言われた」


「じゃあもう…」


「いや、まだ終わっていない。俺はブラッドからそれを聞いてすぐこっちに来たからね」



そう言われて顔を上げると、ジャックが私を見て苦笑していた。


ジャックがよくする苦笑だが、いつになく格好良く見えた。



「まったく、あの弟は何も分かってないな。君は最後まで尽力したがっているのに」


「…ジャック……」


「おいで。連れていくよ」



ジャックは私に手を差し伸べる。


その頼もしさに泣きそうになりながら、迷うことなく手を取った。



「小さいエマさんはどうしたの?」


「面白い言い方だね。あの子なら他の被害者と一緒に安全な場所にいるよ」


「そっちには行かないの…?折角会えたんだから様子見てたいんじゃないの?」



私の当然の疑問に対し、ジャックは愚問だとでも言うようにクスリと笑う。





「―――言っただろ?俺の生きる意味を君に譲渡すると」
ジャックに連れられて研究所の裏の出口付近まで走ると、キャシーとバズ先生が消火器を持って火を消そうとしていた。




ドアが開かないのか、この辺で唯一の窓を割ってそこから火を消している。


何故そんなことをしているのかと思ったが、2人の視線の先にいる人達を見てすぐに理由が分かった。


研究員らしき人物と、その前に倒れているのは――ブラッドさんだ。



この窓からは結構遠い。


でも、火さえ消せば走っていける距離ではある。



「アリス!?来てくれたんですの!?」



消火器を持ったままこちらを振り向くキャシーとバズ先生。



「良かった…そこに消火器が何本かあるから、手伝ってくれる?」



バズ先生が目線だけで消火器の位置を伝えてくる。



急いでジャックと私でそれを手に持ち、消火しようとしたが。



―――間に合わない。そう思った。


ここからこの4人で火を消そうとしたって間に合わない。


もうすぐ火はあの2人に燃え移る。



研究員の方は逃げようとしているようだが、おそらくブラッドさんの方に意識はない。


意識がないどころか、死んでいるようにも見える。
「……どいて」


「え?」


「どいて!!」



私の大声を聞いて反射的に手を引っ込めた2人の間を通り抜け、窓から中へ飛び込む。



「アリス!?」



キャシーの悲鳴にも似た声が届いたが、構ってはいられなかった。



消火器を持って火の海の中を駆ける。


熱い。熱い。熱い―――。


熱が私を覆い尽くし、痛みが走る。


しかしその痛みはすぐに消え、直後また痛みが走る。






私の体は再生を繰り返し、何度めかの再生の後、2人のいる場所へと辿り着いた。



「ブラッドさん!」



駆け寄って頬を叩くと、小さな呻き声と共にブラッドさんが薄く目を開ける。


酷くほっとしたが、ほっとしている場合ではない。


ブラッドさんに迫る火に向かって消火器で防炎性の液体を放ち、問い掛ける。



「酸素は足りてるの?」


「…それは、大丈夫です…。…それより、何故君が…? 」


「説明は後よ。あと少し、頑張れる?」


「……少し体が重い程度です」



ブラッドさんの無事を確認した私は、すぐさま立ち上がってマッシュルームカットの研究員を睨んだ。



「覚悟は出来てるんでしょうね?」


「は?」


「ッこの人をこんな状態にして!覚悟は出来てるんでしょうね!?」


「いや違う!オレはまだ何もしてない!彼が急に倒れたんだ!」


「その手に持ってる薬品は何なのよ!」


「掛けようとしてるところで倒れたんだよ!」


「言い訳も大概にしなさい!」