マイナスの矛盾定義

「…あなたは…どうしてこんな残酷なことができるの………」



画面から視線を外し俯いて、消え入りそうな声で言う。


“残酷”?ほんっと面白いね、如月は。



「―――お前、どの口が言ってんの」



僕の声が変わったからか、如月はビクリと体を震わせた。



「残酷?よく言えたもんだよね。自分が今まで何してきたか忘れたか?散々残酷な生物実験をして、僕の妹を非人道的なやり方で殺してさァ。恨むなら自分の過去の行いを恨めよ。悔いろ。僕にとっての妹は、お前にとってのマーメイドプランみたいなもんなんだよ?それ以上かもしれない。僕は同じことをしてるだけだ。お前に責める権利ないと思わない?」



如月は―――脅えるような目で涙を流した。


その涙ですら綺麗だと思ってしまうのは何故だろう。



ショッピングモールでおいしいと言って流した涙とは違う、悲しみの涙がその目からぽろぽろ零れていく。




「………私は…」



建物が崩れていく音がする。



「私は、罪深い人だ……」



集中していないと如月の声が聞こえなくなりそうなくらい、音は近付いてくる。



如月は立ち上がり、感情のない瞳で床を見て、小さく言った。



「私の研究成果の全てがここにある……」



そして、薄く笑うのだ。




「私の研究成果がここで滅びるのなら―――私も共に滅びよう」
火の海が近付いてくる。



如月は表情を変えることなく、音のする方向へとゆっくり歩いていく。



「……おい、冗談だろ」



熱い空気がもうここまで来ている。



「やめろ、」



如月は止まらない。



「ッふざけんな!お前を殺すのは僕だ!!」



如月を引き止めようと手を伸ばす。



「短い間だったけど……あなたと過ごした日々は、奇妙でとても愉快だったよ」



如月が顔だけをこちらに向けて言ったその瞬間、――――部屋にあった機械に火が移り、機械は大きな音を立てて爆発した。




一瞬にして如月が目の前から消えた。


火の海の中に溺れ沈んでいったかのようだった。



呆気なく―――僕の生きる意味は姿を消した。



気付けば、僕の片腕も無くなっていた。


力が出なくなって、崩れるように倒れた。




意識が遠退いていく。


ああ、僕、死ぬのか。


止血、しないと。

助けを呼べば助かるかもしれない。

今すぐ処置をすれば生き延びられるかもしれない。


でも。


…もう、いいかな……。


復讐したかった相手は死んだ。

僕がこれ以上生きている意味はない。

早くベルに会いに行かなくちゃ。





つめたい。

くらい。

ふかい。

うみのなかにとけていくみたいだ。
「お兄ちゃん、やっと来てくれたんだね!」




温かい光。


目の前にベルがいる。


ずっとずっと望んでいたもの。



「これからはずっと2人でいようね」



ベルの手が腕に絡み付く。


心地が良い。


泣きそうなくらい温かい海の中にいる。







だけど、笑って返事しようとしても、体が鉛のように動かない。



「お兄ちゃん、どうしたの?」


どうしたんだろうね。



「寂しそうな顔してる」



寂しくなんてないはずなのに。


ベルさえいればいいはずなのに。


復讐のために生きてきたのに。


ベルにずっと会いたかったのに。


ようやく夢が叶ったのに。






―――生きる意味なんて、もうないのに。
《《---->》》
「俺はベルもお前も同じくらい大事だった」 






《《》》
 「貴方の抱える問題は…っ、貴方だけの物じゃない…」




《《---->》》
「今の貴方だって1人じゃない」 






《《》》
「信じていますよ」 




《《---->》》
「あなたみたいな人間を忘れるなんて無理よ」 
《《<--->》》
「アリスちゃんは忘れていいんだよ。僕のことなんて」









《《》》
あんなの嘘だ。大嘘だ。

泣けばいいのにって思ってる。

僕が死んだ後、僕のこと思い出して泣けばいいのにって。

あの夜みたいに泣けばいいのにって。



……でも死んだら見れないのか。

僕のことで泣くアリスちゃん、もう見れないんだ。
《《<--->》》
もう 見れないんだ。
「…死にたく……ない…」
「僕は、死にたくない……」



ごめん、ごめんね。


本当にごめんね。



「死にたくない……っ、生きたい…ッ!…」



最低のお兄ちゃんでごめんね。



「あいつらとまた話したい!馬鹿なことして呆れられたい!あのくそみてぇな組織でくそみてぇな日々を過ごしたい!」



復讐すら満足にできない僕なのに


君をここに置いていこうとしている。



「あいつらと一緒にいたい…!」



どうしてかな。


これまでの生きる意味を否定してでも、尊い過去を捨ててでも、





あんなにつまらない世界を


僕は吐き気がするほど愛してる。






「…バイバイ」



そう小さく言ったベルは、僕の腕をゆっくり離した。


少し寂しそうに笑いながら、僕から遠ざかっていく。


追い掛けようとは思わなかった。



「…さよなら」



海が歪んでいく。


光が消えていく。




あんなに聞こえていたベルの声は、耳を澄ましてももう聞こえない。




―――僕は今、何年も経った今、初めて妹の死を受け入れた。
「―――ッ何やってんだラスティ!!」




大きな声がして目を開いた。


どこから来たのか、アランが駆け寄ってくる。


焦った様子で僕を見下ろして、すぐさま抱き上げた。


……まさかアランにお姫様抱っこされる日が来るとは思わなかったな…。



アランは珍しく必死な表情で僕を抱えたまま研究室の外へと走る。


まぁ、油断したら燃えちゃいそうな状況なんだから、そんな表情になるのも当然だけど。



何とか煙がそれほど充満していない廊下まで来ると、アランは安全な出口を探しながら僕に話し掛ける。



「お前、死のうとしてたろ」


「えー?何のこと?」



おどけて言ってみせるが、アランは全く笑わない。



「お前が死んだら残された俺はどうすればいいんだ」



前を見て歩きながら、アランはぽつりと言った。



「ベルが死んで、お前も死んだら。俺はどうすればいいんだ」


「……」


「俺はどっちも救えなかったってことになるだろ」


「……」


「生きろよ。必死こいて生きろ。俺が救ってやった命だぞ」


「………、」


「俺の手は、殺すだけの手じゃねぇんだよ」



アランってそんなに僕のこと好きだったんだ。

大切だったんだ。


……大切な人がいなくなるとどれだけ悲しいかは、知ってたはずなんだけどな。



「アラン」


「あ?」


「ごめん」


「あぁ」



死のうとしてごめん。


アランは今もずっと僕のお兄さんみたいな存在で在り続けてくれていたのに。
「僕の復讐相手、爆発に巻き込まれて死んじゃった」


「……そうか」