「緑茶で良かったですか?」
自動販売機でお茶を買ってきてくれたらしいブラッドさんは、それを私に渡す。
お茶の温かさが手に伝わってくる。
「ありがとう」と受け取って一口飲んだ後、ブラッドさんは何も飲まないのかと疑問を抱きその顔を見上げて、ふと思った。
「貴方、具合悪い?」
「何故?」
「動き方が微妙にいつもと違うなって…」
「寒いのが苦手なだけですよ」
それならいいけど…顔色もいつもとちょっと違う気がする。
暗いからそう思うだけかしら?
「先程の話ですが」
「先程?」
「お義父さんが言っていたことです」
誰の誰が誰のお義父さんって?
勝手に義父にするんじゃないわよ。
「子を作るとかなんとか」
「……あー……」
「どうするつもりですか?」
そんなのこっちが聞きたい。
完全体になるまでに子供をつくるとか、それこそ間に合うのかしら?
子供をつくるってなると相手が必要だし……そのための行為が必要だし……どうすりゃいいってのよ。
それに、自分の目的のためだけに新しい命をつくるのは新しい命に失礼な気がする。
「……どうすればいいのかしら?」
「俺はいつでも手伝えますが、女性にとって子を作るというのはそんな簡単なことではないのでしょう」
「手伝……あ、あぁ、そう…」
「まして君には特定の相手がいない。“この人との子を作りたい”とも考えたことがないでしょう」
「まぁ、そうね…」
「かなり厄介な課題ですね。短期間では無理がある」
「意外と真剣に私の気持ちを考えてくれるのね…」
「君が俺以外との子を作ることは俺が許せないので、どうすれば君に俺との子を作りたいと思ってもらえるか考えているところです」
そっちか。
黙って考え込むブラッドさんに溜め息を吐き、お茶を飲みながら空を見上げた。
昼間は曇っていたのに、今は月が見える。
沈黙が心地好いと思った。
ずっと気を張っていたせいか、何だか泣きそうになってくる。
お茶を飲み終わった私は、ペットボトルを捨てるため立ち上がろうとした――が、ブラッドさんがペットボトルを私からそっと奪った。
わざわざ捨ててきてくれるのかと思ったが、ブラッドさんはその場に立ったまま言う。
「――このお茶に睡眠薬をいれました。あと数分もすれば効いてきます」
「………え?」
「心配はいりません。あとは俺たちがなんとかします」
そう言って、ブラッドさんは不気味なくらい優しく微笑む。
「次に目を覚ます時には、全て終わっていると思ってください」
「…そんな、…」
「君にとっての危険を完全に払拭するためには、犠牲にしなくてはならないものや、殺さなければならない人間が出てきます。そんな汚い仕事は君にさせられないし、見せたくもない」
「ッ私の問題なんだから、みんなに任せて私だけ何もしないなんてできないわ」
「そう言うと思ったから眠らせるんです。君には誰も殺させない。君の手を汚させはしない。必ず君に世間一般の幸福を与えます」
「そんなこと頼んでない!」
「……彼との、約束ですから」
その“彼”が誰を指すのか―――考えようとしても頭が働かない。
「君は薬の効きが早いんですね」
体が重たく感じてきた中、ブラッドさんが何かを言った。
同時に頭の中で、―――またヤモのあの言葉が響いた。
「…ま、待って」
こんなの予感に過ぎない。
そんな気がしてるだけかもしれない。
けど……今ブラッドさんと別れたら――――もう二度と会えない気がする。
「待ちますよ。君が眠るまで」
「違う、そうじゃなくて……っ………、」
フッと――意識が途切れた。
《《<--->》》
生きる意味が無くなった時、
《《<--->》》
人はどんな風にその後の人生を生きていくんだろう
《《<--->》》
『 …さよなら 』
《《<--->》》
episode11
《《<--->》》
〈 ラスティサイド 〉
夜が深まってきた頃、研究所は火の海に包まれていた。
如月は集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプで、しばらくはその音に気付いていない様子だった。
しかし何度も続くとさすがに気付いたようで、うるさそうに顔を上げる。
「何……?この音。向こうで何かやってるの?」
時計を見ながらその時を待っていただけの僕は、「さぁ?何だろう」と笑ってみせた。
如月はまぁどうでもいいかとでも思ったのか、作業を再開する。
暫く作業を続けた後、次に顔を上げたのは、臭いの変化が起こった時だった。
「…臭くない…?」
「そう?どんな臭いする?」
「煙の臭い……」
さすがに様子がおかしいと気付いたらしい如月は、パソコンの画面を監視カメラの映像に切り替える。
僕は横にいる如月が呆然と画面を眺めるのを見ていた。
部屋が崩壊していく様を映している物もあるが、機能している監視カメラは徐々に少なくなっていく。
如月は動かない。
ただじっと画面を眺めている。
もう少し動揺を表にするかと思っていた。
“どうして”とか“誰が”とか言うと思っていた。
如月が何も言わないから、僕は仕方なく自分からネタばらしするしかなくなった。
「ごめんね。マーメイドプランはもう終わりだよ。研究所は全部壊すし、資金提供者も殺すから。金が無ければこの研究は機能しない。もう、本当に終わりだ」
それでも如月は表情を変えない。
つまらないからさっきアリスちゃんから来た連絡の内容も教えてあげることにした。
「アリスちゃんを元に戻す方法、アリスちゃんのお父さんから聞き出せたらしいよ」
「……」
「元に戻す方法を知ってるとしたらアリスちゃんのお父さんくらいかなーって思ったんだけど、当たりだったみたいだね」
「……」
「子を作る、か。意外と単純な方法だったんだ?」
「……」
「あ、もしかしてあいつにも教えてたとか?傍にいるあいつに気をつけてもらうのが1番だもんね?だからあいつは頑なにアリスちゃんに手ぇ出さなかったわけだ?万が一にも完全体になる前に子供できたら困るもんね」
「……」
「あ、あの機械は壊しちゃったらしいよ。これで研究の中心人物は如月さんだけになるね」
「……」
「ふふ、ねぇ、大切にしていた物が壊されてくってどんな気持ち?」
質問してるのに、如月は答えてくれない。
僕の言葉など耳に入っていないかのように画面を見つめている。
つまんねぇな。
やっぱパソコンの画面から見るだけじゃショックが大きくないかぁ。
外から見せてやった方がいいのかな?
ここに爆弾は仕掛けてないけど、火もだんだん近付いてきてるみたいだし。
「ここはもうすぐ危なくなるよ。そろそろ出よう」
そう言って如月を立たせようとしたが、如月は椅子から離れない。
自動販売機でお茶を買ってきてくれたらしいブラッドさんは、それを私に渡す。
お茶の温かさが手に伝わってくる。
「ありがとう」と受け取って一口飲んだ後、ブラッドさんは何も飲まないのかと疑問を抱きその顔を見上げて、ふと思った。
「貴方、具合悪い?」
「何故?」
「動き方が微妙にいつもと違うなって…」
「寒いのが苦手なだけですよ」
それならいいけど…顔色もいつもとちょっと違う気がする。
暗いからそう思うだけかしら?
「先程の話ですが」
「先程?」
「お義父さんが言っていたことです」
誰の誰が誰のお義父さんって?
勝手に義父にするんじゃないわよ。
「子を作るとかなんとか」
「……あー……」
「どうするつもりですか?」
そんなのこっちが聞きたい。
完全体になるまでに子供をつくるとか、それこそ間に合うのかしら?
子供をつくるってなると相手が必要だし……そのための行為が必要だし……どうすりゃいいってのよ。
それに、自分の目的のためだけに新しい命をつくるのは新しい命に失礼な気がする。
「……どうすればいいのかしら?」
「俺はいつでも手伝えますが、女性にとって子を作るというのはそんな簡単なことではないのでしょう」
「手伝……あ、あぁ、そう…」
「まして君には特定の相手がいない。“この人との子を作りたい”とも考えたことがないでしょう」
「まぁ、そうね…」
「かなり厄介な課題ですね。短期間では無理がある」
「意外と真剣に私の気持ちを考えてくれるのね…」
「君が俺以外との子を作ることは俺が許せないので、どうすれば君に俺との子を作りたいと思ってもらえるか考えているところです」
そっちか。
黙って考え込むブラッドさんに溜め息を吐き、お茶を飲みながら空を見上げた。
昼間は曇っていたのに、今は月が見える。
沈黙が心地好いと思った。
ずっと気を張っていたせいか、何だか泣きそうになってくる。
お茶を飲み終わった私は、ペットボトルを捨てるため立ち上がろうとした――が、ブラッドさんがペットボトルを私からそっと奪った。
わざわざ捨ててきてくれるのかと思ったが、ブラッドさんはその場に立ったまま言う。
「――このお茶に睡眠薬をいれました。あと数分もすれば効いてきます」
「………え?」
「心配はいりません。あとは俺たちがなんとかします」
そう言って、ブラッドさんは不気味なくらい優しく微笑む。
「次に目を覚ます時には、全て終わっていると思ってください」
「…そんな、…」
「君にとっての危険を完全に払拭するためには、犠牲にしなくてはならないものや、殺さなければならない人間が出てきます。そんな汚い仕事は君にさせられないし、見せたくもない」
「ッ私の問題なんだから、みんなに任せて私だけ何もしないなんてできないわ」
「そう言うと思ったから眠らせるんです。君には誰も殺させない。君の手を汚させはしない。必ず君に世間一般の幸福を与えます」
「そんなこと頼んでない!」
「……彼との、約束ですから」
その“彼”が誰を指すのか―――考えようとしても頭が働かない。
「君は薬の効きが早いんですね」
体が重たく感じてきた中、ブラッドさんが何かを言った。
同時に頭の中で、―――またヤモのあの言葉が響いた。
「…ま、待って」
こんなの予感に過ぎない。
そんな気がしてるだけかもしれない。
けど……今ブラッドさんと別れたら――――もう二度と会えない気がする。
「待ちますよ。君が眠るまで」
「違う、そうじゃなくて……っ………、」
フッと――意識が途切れた。
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生きる意味が無くなった時、
《《<--->》》
人はどんな風にその後の人生を生きていくんだろう
《《<--->》》
『 …さよなら 』
《《<--->》》
episode11
《《<--->》》
〈 ラスティサイド 〉
夜が深まってきた頃、研究所は火の海に包まれていた。
如月は集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプで、しばらくはその音に気付いていない様子だった。
しかし何度も続くとさすがに気付いたようで、うるさそうに顔を上げる。
「何……?この音。向こうで何かやってるの?」
時計を見ながらその時を待っていただけの僕は、「さぁ?何だろう」と笑ってみせた。
如月はまぁどうでもいいかとでも思ったのか、作業を再開する。
暫く作業を続けた後、次に顔を上げたのは、臭いの変化が起こった時だった。
「…臭くない…?」
「そう?どんな臭いする?」
「煙の臭い……」
さすがに様子がおかしいと気付いたらしい如月は、パソコンの画面を監視カメラの映像に切り替える。
僕は横にいる如月が呆然と画面を眺めるのを見ていた。
部屋が崩壊していく様を映している物もあるが、機能している監視カメラは徐々に少なくなっていく。
如月は動かない。
ただじっと画面を眺めている。
もう少し動揺を表にするかと思っていた。
“どうして”とか“誰が”とか言うと思っていた。
如月が何も言わないから、僕は仕方なく自分からネタばらしするしかなくなった。
「ごめんね。マーメイドプランはもう終わりだよ。研究所は全部壊すし、資金提供者も殺すから。金が無ければこの研究は機能しない。もう、本当に終わりだ」
それでも如月は表情を変えない。
つまらないからさっきアリスちゃんから来た連絡の内容も教えてあげることにした。
「アリスちゃんを元に戻す方法、アリスちゃんのお父さんから聞き出せたらしいよ」
「……」
「元に戻す方法を知ってるとしたらアリスちゃんのお父さんくらいかなーって思ったんだけど、当たりだったみたいだね」
「……」
「子を作る、か。意外と単純な方法だったんだ?」
「……」
「あ、もしかしてあいつにも教えてたとか?傍にいるあいつに気をつけてもらうのが1番だもんね?だからあいつは頑なにアリスちゃんに手ぇ出さなかったわけだ?万が一にも完全体になる前に子供できたら困るもんね」
「……」
「あ、あの機械は壊しちゃったらしいよ。これで研究の中心人物は如月さんだけになるね」
「……」
「ふふ、ねぇ、大切にしていた物が壊されてくってどんな気持ち?」
質問してるのに、如月は答えてくれない。
僕の言葉など耳に入っていないかのように画面を見つめている。
つまんねぇな。
やっぱパソコンの画面から見るだけじゃショックが大きくないかぁ。
外から見せてやった方がいいのかな?
ここに爆弾は仕掛けてないけど、火もだんだん近付いてきてるみたいだし。
「ここはもうすぐ危なくなるよ。そろそろ出よう」
そう言って如月を立たせようとしたが、如月は椅子から離れない。



