「―――お前さ、あの子が好きなんでしょ?あの子に永遠に死んでほしくない、とか思わないのぉ?」
「彼女はそれを望んでいません」
「あの子がどうとかじゃなくて、お前がどうなのか聞いてるんだけど」
「彼女が望まないことはしたくありません」
そこで男はようやく気付いた。
この男は自分とは違う生き物だと。
自分には到底手に入れることのできない物を目の前の男は持っていると。
男は後悔した。
しかしそれはどこまでも得手勝手な後悔だった。
この男とあの子を再会させなければ良かった、と。
あの時あんな任務をあの子に課さなければ良かった、と。
もし今過去に戻ってやり直せるなら――あの子を部屋に閉じ込めて外へ出しはしないのに。
「質問の仕方を変えるねぇ?もしあの子と共に永遠に生きられるとしたら、どうする?」
男はそれでもまだ信じていた。
その男が自分と根本的には同じであると。
「そうしたいでしょ?あの子が望んでないとしても」
「……」
「隠さなくていいんだよぉ?生き物はみぃんなエゴイストなんだから。全ての生き物は自分のことしか考えずに生きてるはずなのに、人間だけ別なんてそれこそ不自然じゃない?」
「……」
「お前だって皮一枚剥げば欲望の塊のはずだ」
男は人間の汚い部分を幾度も見てきた。
そういうものであるとその汚穢を受け入れて生きてきた。
自分こそが人間の本性を最も知っていると思っていた。
しかし、次に来る返答は男の予想を上回るものだった。
「欲望の塊かどうかは分かりませんが、俺は寧ろ、死にたいですね」
「…は?」
「彼女と共に死にたいです」
もう一方の男が口にしたのは確かに欲望であり、本心である。
なのに男はその欲望を汚いとは思わなかった。
それどころか純粋で素直な、今まで聞いた中で最も正直な言葉だと思った。
言いたいことは山ほどある。
“お前は一人でも生きていけるだろう”
“俺はあの子じゃなきゃ駄目なんだよ”
“今まであの子の隣であの子を支えてきたのは誰だと思ってる”
“お前が横取りしたんだ”
“お前は狡猾な泥棒だ”
“俺の最も大切な物を盗んだ”
“俺にはあの子が必要なんだ”
“どうしても必要なんだ”
しかしどの言葉も、この男の前には無意味だと感じた。
男は信じることができなくなった。
「守れるぅ?」
「は?」
「あの子のこと」
「当たり前でしょう」
即答したその男に、男はふっと笑った。
何故この男を自分と似ているなどと勘違いしていたのかと、自分の愚かさを嘲笑った。
似ても似つかない。
自分とこの男は違う。全く違う。
自分がこの男を理解できないように、この男もまた自分の理解者にはなれない。
――――俺は孤独だったのだ、と、男は気付いた。
理解者など何処にもいない。
探したって見つからない。
正しいと言って受け止めてくれる人間は、この世の何処にもいないのだ。
ただ罪悪から解放される術さえあればそれでよかった。
自分が間違っていたとしても、それで救われるならそれで良かった。
良かった、はずだった。
「―――絶対、守ってねぇ?」
男が、一体どれだけの気持ちを抱えてこの言葉を放ったのか。
その答えは、誰も知らない。
物語というものには、終わりがなければいけない。
士巳豆は1人の男を部屋に招き入れ、余計な前置きをせず本題に入った。
「“マーメイドプランのことで話がある”と聞いたが?」
その男が最重要実験体を保護しているであろう組織のリーダーだということを、士巳豆は分かっていた。
だからわざわざ招き入れた。
獲物の方からやってきたのは、願ったり叶ったりだったのだ。
「あの研究についての意見を聞きたくてね。士巳豆さんはぁ、今後も続けていく予定なのぉ?」
相手を馬鹿にしているようなゆるりとした喋り方だが、士巳豆は気にすることなく答える。
「当然だ」
「ふぅん、余程思い入れがあるんだねぇ」
「危機感があるだけだよ」
士巳豆は初めて自分の本音を他人に伝えた。
「日本人は平和ボケしていると思わないか。終戦から何年しか経っていないか、数えてみろ」
男は自分の生まれる前のことなどどうでもよかったので、数えはしなかった。
「世界は目まぐるしく変わっていく。たった数十年後、この国が平和であるとは限らない」
「その話がどうマーメイドプランに関係するのか分かんないんだけどぉ」
「新しい兵器が必要だ。まだ何のルールもない、ルールがないからこそどう使っても自由な、まだどの国も開発していない兵器が必要だ」
男は、自分の要求を受け入れてくれそうにない士巳豆を説得することが面倒だった。
説得できそうであるとも思わなかった。
「それが―――不老不死の生物兵器だよ」
士巳豆は男が銃口を向けてくることを、ある程度予測していた。
いつもならチェックさせるのだが、今日は別の対策を講じていたのだ。
男の背後で扉が開く音がした。
銃口を向けられているのが分かり、セキュリティポリスか、と男は溜め息を吐いた。
「私を打てば貴様も同時に打たれることになる。大人しくその銃を下ろし、最重要実験体をこちらに渡すなら生きて帰そう」
わざわざ招き入れたのはこのためだ。
最重要実験体を手に入れることは研究の促進になる。
士巳豆はこのチャンスを逃したくはなかった。
――しかし、そこで男が妙に落ち着いていることに気付く。
男の穏やかな表情を見て―――酷く嫌な予感がした。
まさかこの男は、死ぬ覚悟でここへ来たのではあるまいな。
「…何故……」
口から出てきたのは弱々しい疑問だった。
何故こんなにも若い男が自ら死のうとしているのか、士巳豆には理解できなかった。
もっと余裕を無くし、抵抗してもいいものを、男は綺麗に微笑んで言う。
「どうせ死ぬなら―――あの子のために死にたいんだ」
男の背後の銃が発砲されたのは、男が引き金を引く僅か前。
しかし、男の放った弾丸は士巳豆の急所に命中し、士巳豆は綺麗に倒れていく。
その後、男も力が抜けたのか床に倒れた。
男の背後から放たれた弾丸も、やはり男の急所に命中していた。
―――2つの命が、同じ部屋で消えた瞬間だった。
その終わりというものには、誰かの変化が伴っている。
《《<--->》》
静かな夜だった
《《<--->》》
『 …お父さん……? 』
《《<--->》》
episode10
《《<--->》》
〈 アリスサイド 〉
「……何で貴方がここにいるわけ?」
もう使われていないであろう木造の研究所の入り口に、私よりも先に見知った男が立っていた。
シャロンと会う約束があったはずのブラッドさんだ。
もうすっかり暗くなっているのに、懐中電灯1つ使わず立っている。
「彼女はそれを望んでいません」
「あの子がどうとかじゃなくて、お前がどうなのか聞いてるんだけど」
「彼女が望まないことはしたくありません」
そこで男はようやく気付いた。
この男は自分とは違う生き物だと。
自分には到底手に入れることのできない物を目の前の男は持っていると。
男は後悔した。
しかしそれはどこまでも得手勝手な後悔だった。
この男とあの子を再会させなければ良かった、と。
あの時あんな任務をあの子に課さなければ良かった、と。
もし今過去に戻ってやり直せるなら――あの子を部屋に閉じ込めて外へ出しはしないのに。
「質問の仕方を変えるねぇ?もしあの子と共に永遠に生きられるとしたら、どうする?」
男はそれでもまだ信じていた。
その男が自分と根本的には同じであると。
「そうしたいでしょ?あの子が望んでないとしても」
「……」
「隠さなくていいんだよぉ?生き物はみぃんなエゴイストなんだから。全ての生き物は自分のことしか考えずに生きてるはずなのに、人間だけ別なんてそれこそ不自然じゃない?」
「……」
「お前だって皮一枚剥げば欲望の塊のはずだ」
男は人間の汚い部分を幾度も見てきた。
そういうものであるとその汚穢を受け入れて生きてきた。
自分こそが人間の本性を最も知っていると思っていた。
しかし、次に来る返答は男の予想を上回るものだった。
「欲望の塊かどうかは分かりませんが、俺は寧ろ、死にたいですね」
「…は?」
「彼女と共に死にたいです」
もう一方の男が口にしたのは確かに欲望であり、本心である。
なのに男はその欲望を汚いとは思わなかった。
それどころか純粋で素直な、今まで聞いた中で最も正直な言葉だと思った。
言いたいことは山ほどある。
“お前は一人でも生きていけるだろう”
“俺はあの子じゃなきゃ駄目なんだよ”
“今まであの子の隣であの子を支えてきたのは誰だと思ってる”
“お前が横取りしたんだ”
“お前は狡猾な泥棒だ”
“俺の最も大切な物を盗んだ”
“俺にはあの子が必要なんだ”
“どうしても必要なんだ”
しかしどの言葉も、この男の前には無意味だと感じた。
男は信じることができなくなった。
「守れるぅ?」
「は?」
「あの子のこと」
「当たり前でしょう」
即答したその男に、男はふっと笑った。
何故この男を自分と似ているなどと勘違いしていたのかと、自分の愚かさを嘲笑った。
似ても似つかない。
自分とこの男は違う。全く違う。
自分がこの男を理解できないように、この男もまた自分の理解者にはなれない。
――――俺は孤独だったのだ、と、男は気付いた。
理解者など何処にもいない。
探したって見つからない。
正しいと言って受け止めてくれる人間は、この世の何処にもいないのだ。
ただ罪悪から解放される術さえあればそれでよかった。
自分が間違っていたとしても、それで救われるならそれで良かった。
良かった、はずだった。
「―――絶対、守ってねぇ?」
男が、一体どれだけの気持ちを抱えてこの言葉を放ったのか。
その答えは、誰も知らない。
物語というものには、終わりがなければいけない。
士巳豆は1人の男を部屋に招き入れ、余計な前置きをせず本題に入った。
「“マーメイドプランのことで話がある”と聞いたが?」
その男が最重要実験体を保護しているであろう組織のリーダーだということを、士巳豆は分かっていた。
だからわざわざ招き入れた。
獲物の方からやってきたのは、願ったり叶ったりだったのだ。
「あの研究についての意見を聞きたくてね。士巳豆さんはぁ、今後も続けていく予定なのぉ?」
相手を馬鹿にしているようなゆるりとした喋り方だが、士巳豆は気にすることなく答える。
「当然だ」
「ふぅん、余程思い入れがあるんだねぇ」
「危機感があるだけだよ」
士巳豆は初めて自分の本音を他人に伝えた。
「日本人は平和ボケしていると思わないか。終戦から何年しか経っていないか、数えてみろ」
男は自分の生まれる前のことなどどうでもよかったので、数えはしなかった。
「世界は目まぐるしく変わっていく。たった数十年後、この国が平和であるとは限らない」
「その話がどうマーメイドプランに関係するのか分かんないんだけどぉ」
「新しい兵器が必要だ。まだ何のルールもない、ルールがないからこそどう使っても自由な、まだどの国も開発していない兵器が必要だ」
男は、自分の要求を受け入れてくれそうにない士巳豆を説得することが面倒だった。
説得できそうであるとも思わなかった。
「それが―――不老不死の生物兵器だよ」
士巳豆は男が銃口を向けてくることを、ある程度予測していた。
いつもならチェックさせるのだが、今日は別の対策を講じていたのだ。
男の背後で扉が開く音がした。
銃口を向けられているのが分かり、セキュリティポリスか、と男は溜め息を吐いた。
「私を打てば貴様も同時に打たれることになる。大人しくその銃を下ろし、最重要実験体をこちらに渡すなら生きて帰そう」
わざわざ招き入れたのはこのためだ。
最重要実験体を手に入れることは研究の促進になる。
士巳豆はこのチャンスを逃したくはなかった。
――しかし、そこで男が妙に落ち着いていることに気付く。
男の穏やかな表情を見て―――酷く嫌な予感がした。
まさかこの男は、死ぬ覚悟でここへ来たのではあるまいな。
「…何故……」
口から出てきたのは弱々しい疑問だった。
何故こんなにも若い男が自ら死のうとしているのか、士巳豆には理解できなかった。
もっと余裕を無くし、抵抗してもいいものを、男は綺麗に微笑んで言う。
「どうせ死ぬなら―――あの子のために死にたいんだ」
男の背後の銃が発砲されたのは、男が引き金を引く僅か前。
しかし、男の放った弾丸は士巳豆の急所に命中し、士巳豆は綺麗に倒れていく。
その後、男も力が抜けたのか床に倒れた。
男の背後から放たれた弾丸も、やはり男の急所に命中していた。
―――2つの命が、同じ部屋で消えた瞬間だった。
その終わりというものには、誰かの変化が伴っている。
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静かな夜だった
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『 …お父さん……? 』
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〈 アリスサイド 〉
「……何で貴方がここにいるわけ?」
もう使われていないであろう木造の研究所の入り口に、私よりも先に見知った男が立っていた。
シャロンと会う約束があったはずのブラッドさんだ。
もうすっかり暗くなっているのに、懐中電灯1つ使わず立っている。



