マイナスの矛盾定義

こんな姿になっているなんて思いもしなかった。



「何でこんな…」


「自分の体を使って、精神と肉体を分離できるかを試したらしい。本来もう死んでるはずだよ。何年も前に病気になって、それでも生きながらえようとして自分を機械にしたんだって」


「……」



黙ることしかできなくなった私に、フォックスが警告するように言ってくる。



「それを―――壊せ」
「え?」


「それは危ない。いずれ人類に不利益をもたらす」


「……何よ、予言みたいに」


「いいから壊せ。自分の父親だからと躊躇うな。それはあんたの父親であって父親じゃない。そもそも人間は変わってしまうものだ。あんたの思い出の中の父親はその機械に入っている意思じゃない」



まるでお父さんを知っているみたいに言う。


会ったことなんてないはずなのに。



「それは危険だ。この世にいさせてはならない――狂った天才だよ」



フォックスは苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。



「まぁ、確かに壊した方がいいかもね。研究が再開される原因になり得る物は無くした方がいい」



フォックスの正面にいるラスティ君が同意する。



壊す……私が、実の父親を。



「場所も特定したから、アリスちゃんにはその機械から元に戻る方法を聞き出してほしい。実の娘が行った方が効果的だと僕は思う」



ラスティ君は地図を出して、日本の北の方を指差した。



チャロさんが地図を覗き込む。


「ここ、1人で行くのは危険じゃない?空港のチェックも厳しくなってると思う」


「電車で移動するわ」


「でも、日本にいることがバレてる以上1人で行くのは…」



チャロさんは犠牲者の救出、ブラッドさんにはシャロンと会う約束がある。


一緒に来てもらえるとしたらジャックだ。



そう思いジャックを見上げると、1枚の写真を手に取って深刻な表情をしていた。






「―――エマ…」



ぽつりと放たれたその言葉に、私は耳を疑った。
「あ、その子ね。死体からつくったクローンなんだって。どっかのお金持ちが娘の死体を売ってきたとかなんとか」



ラスティ君のさらっとした説明にジャックは眉を寄せる。


暫くその写真を見ていたが、ゆっくりテーブルに戻した。


その写真には、10歳にも満たないであろう車椅子の少女が写っている。



「………その人をその人たらしめるものって何だと思う?」



誰を見るでもなく、ジャックはそんな質問をした。



「俺は記憶だと思う。記憶が人を構成していると思う」



そう言って悲しそうに私を見た。



「だからその子はたとえ遺伝子組成が同一でもエマじゃない」


「……でも、気になるでしょう?」


「……」


「行っていいわよ。止めないわ」



ジャックにはもう十分助けてもらった。


ずっと私の傍にいる必要はない。



「ごめん…一緒にいてあげたかったんだけど」



謝る必要なんてないのに、ジャックは申し訳無さそうにする。



「私は1人でも大丈夫よ」


とジャックに向けて言ったが、隣のチャロさんは納得していない様子で。



「でもやっぱり危険じゃ…」


「…心配してくれてありがとう、チャロさん。でも大丈夫。いざとなったら自分の身は自分で守るわ」
弱いもの扱いされるのは嫌だという気持ちは、チャロさんだって分かってるはずだ。


チャロさんは暫く私を見ていたが、仕方ないと言うように視線を落とした。



「……分かった。じゃあ、救出の方はアタシとジャックさんと…あともう1人必要だね」



そういえばそうだ。


フォックスには空から攻撃する役割があるし、ジャックが来るにしろ来ないにしろ人手は足りてない。



すると、


「キャシーはどうだ?協力すると言ってくれていたが」


フォックスが私には考えられないことを言い出す。



「…あの子は巻き込めない」


「あんたじゃなくおれに協力すると言ったんだ。決める権利はおれにある」



勝手にクリミナルズを抜け出して敵組織の人間に付いてきた私が、クリミナルズにいるキャシーに手を貸してもらうってどうなのよ?



「連絡しておくぞ」


「……」


「もう結構な人数を巻き込んでるんだから今更だ。どうせなら巻き込めるだけ巻き込め。みんな――あんたのために戦いたいと思ってる。その意志を無駄にするな」



そんな言い方は狡いと思ったが、フォックスがあまりにも真剣な表情をしているから頷くことしかできなかった。



「頼んだぞ、アリス。…未来を変えてくれ」



映画に出てきそうな台詞を言ったフォックスは、アランのように私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。



「今夜なら、僕もそろそろ動き出さなきゃね。折角休みもらったけど」


「……私も行ってくるわ」



ラスティ君が立ち上がって外へ出て行くので、私もお金の確認だけして後を追うように外へ出た。
「いつまで付いてくるつもり?」



路地裏に入っていったラスティ君は、急に立ち止まって後をつけていた私の方を振り返った。




「駅はこっちじゃないはずだけど」



そんなことは分かっている。


追いかけてきたのは、気になることがあるからだ。



「……如月のことも今夜殺すの?」



ラスティ君は私の質問を予想していたようで、特に表情を変えることなく答える。



「さぁ、どうだろ?如月がどんな反応をするかにもよるよね。目の前で研究所が無くなっていくのを見て、如月が絶望したなら僕はそれで満足だ。その絶望を抱えたまま死なせる」



やっぱり、ラスティ君はできることなら今夜全てを終わらせるつもりなんだ。



「僕が心配?」



ラスティ君はくすっと笑って、試すように聞いてきた。



「そんなに死んでほしくないの?僕は本来アリスちゃんの敵なのに?」


「敵とか味方とか…今は関係ないでしょう」


「アリスちゃんも変わってるよね~。僕、アリスちゃんに結構酷いことしてきたと思うんだけど」



確かにラスティ君がいたおかげでスパイ活動は失敗したし、随分弄ばれたように思う。


本来なら敵同士だし、死んでほしくないなんて思うのはおかしいのかもしれない。


でも、1人の人間として見た時、ラスティ君の人生はそれでいいのかと思ってしまう。


ラスティ君は私より年下だ。


復讐のためだけに生きて、復讐が終われば死ぬ――そんな、妹の死に囚われ続けた人生を送っていいのかと。
「最後くらい、好きにさせてよ」


「………」


「僕は死にたい。生きてるのが苦しい。ベルに会いに行きたい」



そう言われると何も言えない。


本人が心から望んでいることを止める権利は私にない。



「アリスちゃんと会えるの、今日で最後かもね」



からかうような口調で言ってくるけれど、内容は冗談ではないのだから笑えない。



「泣かないんだ?あん時は泣いたのに」


「色々ありすぎて泣く余裕がないわ」