戻らなくてはならない時刻になり、僕はショッピングモールを出た。
時間ギリギリとはいえ走る気にもなれず、結局数分遅れることになってしまった。
上着を脱いで管理室へ向かうと、管理室の前の廊下に師走が立っていた。
時間を置いて見てもやはり奇妙な格好をしていると言わざるを得ない。
それにしても、わざわざ管理室から出て僕を待っていてくれたんだろうか。
意外と研究員を気遣うタイプなんだなと思っていると、
「如月と出掛けていたのかい?嫉妬するね」
師走は僕の前に立ちはだかって僕を見下ろした。
………えー…まさか僕恋敵認定されちゃった?
ただ出掛けただけだっつの。何もしてねぇし。
「如月のような女性は君の手に負えない。オレが一番如月を理解している」
勝手に理解した気になっているらしい師走は、分かりやすく僕を睨んでくる。
僕は管理室の分厚い扉を一瞥し、思わずクスリと笑ってしまった。
「何がおかしい?」
全く気付いていないらしい師走に、僕はにっこり笑ってみせた。
「あぁ、ごめんごめん。師走さんがあまりにも呑気なもんだから面白くって。…好きな子が取られるかもって心配するより、自分の立場の心配した方がいいと思うよ?―――そろそろ師走さんの管理してる機械は全部壊れてるはずだから」
師走は何を言っているのか分からないという風に僕を見てくる。
だから、分かりやすく説明してあげた。
「サイバー攻撃したんだよ。この手の機械ってのは一番攻撃しやすい」
「…嘘をつくな。インターネットには未接続だ」
「USBメモリだよ。ウイルスを仕込んだものを仲間に送ってもらってたから、それをあの時お前に渡した」
この管理室に案内されて、USBメモリを渡せと言われた時。
管理室に置かれていたUSBメモリをポケットにしまって、あらかじめ所持していた方のUSBメモリを師走に渡した。
無用心にも師走はパソコンの方しか見ていなかったのだからやりやすかった。
「お前があれを使用した時点で、この研究所の生物管理システムの崩壊は始まってたんだよ?」
師走は顔色を変え、大急ぎで管理室へと入っていく。
あーあー、そんな急いだらこけちゃうよ?
「……ッ監視用のパソコンには正常に動いているという数字が……」
「そういう風にできてるんだよ。監視員が気付かないうちに破壊できるように」
僕は続いて管理室へと足を踏み入れ、説明しながら師走にゆっくり近付いた。
「因みに、ウイルスは仕事が終われば姿を消すから証拠は残らない」
「馬鹿な……っそんな高度なコンピュータウイルス、存在するわけが――」
「うちの組織にはいるんだよ。優秀組のリーダーであり組織の司令官である―――サイバー攻撃の天才がね」
噂を聞いたことくらいはあるのか、師走は更に青ざめた。
「さて、こんな重大事故を見逃したんだから……処分は免れないよねぇ。師走さん消されちゃうかも」
師走の近くの椅子に腰をかけ、師走を覗き込む。
師走の絶望した顔を見て、ぞくぞくとした甘い快感が体中を駆け巡った。
嗚呼―――萌える。
やっぱ、人間のこういう表情ってたまんないなぁ。
「僕の言うこと聞いてくれるなら、何とかしてあげるけど?」
さぁ、また一人駒が出来た。
もうすぐだよベル、それにアリスちゃん。
もうすぐ――この研究をぶっ潰せる。
男はしばしば夢を見た。
自分の罪をさらけ出し、それでも少女が自分を抱きしめてくれる夢だった。
少女は宝物を抱くように優しく男を抱きしめる。
“どんなあなたでも受け入れる”と。
男は目を覚めし、気が狂いそうになった。
何度も気が狂いそうになった。
《《<--->》》
生きてきて良かったと思った
《《<--->》》
『 幸せで 』
《《<--->》》
episode06
《《<--->》》
〈 ニーナサイド 〉
この国の政治都市には、エリックに連れられて何度か来たことがある。
でも今日は今までで1番緊張していた。
部屋に招き入れられると、見覚えのある官僚が数名椅子に座っていた。
この国は官僚政治だと言われることがしばしばある。
それだけ官僚の力は大きい。
「リバディートップの夫人か」
こんな小娘を寄越してきて何のつもりだと、小娘相手では話にならないと、そう思っているような目だ。
「トップは他の用事で遅れるようなので代わりに先に来させていただきました」
深く息を吸ってからはっきり言った。
テーブルに飲み物が2つ用意されていたためエリックと私の分であると解釈して椅子に座り、問い掛ける。
「お話とは何でしょう?」
エリックはすぐに来るらしいが、先に話を聞いておいてほしいとも言われている。
「連日の勝手な行動についてだ。リバディーはこちらの要求を無視している」
「要求、と言いますと?」
「ある指名手配人の追跡命令だ。休暇中とはいえ、動ける人員は十分いるんだろう?何故動かない」
「ある指名手配人…とは、不老不死の個体のことですか?」
質問に質問で返すと、男達は目を丸くして私を凝視した。
何故知っているのかと言いたそうな目だ。
「そのことに関してはサポートできません。トップの決めたことです」
「……なんだって?」
「我々は今後一切不老不死の追跡に手を貸しません」
「そんなことを言って、どうなるか分かって――」
「分かっていないのはあなた方の方でしょう」
日本との同盟強化の裏にあったのは、生物兵器の大量生産という共通の目的。
国民は何も知らされていない。
この国が非人道的な研究に加担していることが公になればどうなるか。
「多額の税金を生物実験に回した―――このことが世間にバレたらあなた方はおしまいですね」
正面にいる官僚に向かって微笑むと、場が静まり返った。
この人達に不満を持つ人は多い。
官僚の力が強まることで民主政治が危機に晒されるのではないかと懸念を抱く国民もいる。
叩き潰すための材料さえあれば一気に襲い掛かっていくだろう。
「証拠のないものは事実ではない」
端にいる官僚が自信ありげに言ったことで沈黙は破られた。
言い返せない私に、官僚達はにやにや笑い始めた。
「大人は狡いものだよ、お嬢さん」
「……っ」
まさかここまで開き直られるとは。
世間にバラす気などないし、今後リバディーにこの手の命令を出さないと約束さえしてくれればいいだけなのに。
と。後ろのドアが開く音がした。
「証拠ならここにある」
コツコツと靴音を鳴らしながら、頼もしい声がそう言った。
ゆっくり私の隣に座ったエリックは、テーブルの上に書類を置いた。
「生物実験に関する同意書だ。関係者に借りてコピーを取らせてもらった」
時間ギリギリとはいえ走る気にもなれず、結局数分遅れることになってしまった。
上着を脱いで管理室へ向かうと、管理室の前の廊下に師走が立っていた。
時間を置いて見てもやはり奇妙な格好をしていると言わざるを得ない。
それにしても、わざわざ管理室から出て僕を待っていてくれたんだろうか。
意外と研究員を気遣うタイプなんだなと思っていると、
「如月と出掛けていたのかい?嫉妬するね」
師走は僕の前に立ちはだかって僕を見下ろした。
………えー…まさか僕恋敵認定されちゃった?
ただ出掛けただけだっつの。何もしてねぇし。
「如月のような女性は君の手に負えない。オレが一番如月を理解している」
勝手に理解した気になっているらしい師走は、分かりやすく僕を睨んでくる。
僕は管理室の分厚い扉を一瞥し、思わずクスリと笑ってしまった。
「何がおかしい?」
全く気付いていないらしい師走に、僕はにっこり笑ってみせた。
「あぁ、ごめんごめん。師走さんがあまりにも呑気なもんだから面白くって。…好きな子が取られるかもって心配するより、自分の立場の心配した方がいいと思うよ?―――そろそろ師走さんの管理してる機械は全部壊れてるはずだから」
師走は何を言っているのか分からないという風に僕を見てくる。
だから、分かりやすく説明してあげた。
「サイバー攻撃したんだよ。この手の機械ってのは一番攻撃しやすい」
「…嘘をつくな。インターネットには未接続だ」
「USBメモリだよ。ウイルスを仕込んだものを仲間に送ってもらってたから、それをあの時お前に渡した」
この管理室に案内されて、USBメモリを渡せと言われた時。
管理室に置かれていたUSBメモリをポケットにしまって、あらかじめ所持していた方のUSBメモリを師走に渡した。
無用心にも師走はパソコンの方しか見ていなかったのだからやりやすかった。
「お前があれを使用した時点で、この研究所の生物管理システムの崩壊は始まってたんだよ?」
師走は顔色を変え、大急ぎで管理室へと入っていく。
あーあー、そんな急いだらこけちゃうよ?
「……ッ監視用のパソコンには正常に動いているという数字が……」
「そういう風にできてるんだよ。監視員が気付かないうちに破壊できるように」
僕は続いて管理室へと足を踏み入れ、説明しながら師走にゆっくり近付いた。
「因みに、ウイルスは仕事が終われば姿を消すから証拠は残らない」
「馬鹿な……っそんな高度なコンピュータウイルス、存在するわけが――」
「うちの組織にはいるんだよ。優秀組のリーダーであり組織の司令官である―――サイバー攻撃の天才がね」
噂を聞いたことくらいはあるのか、師走は更に青ざめた。
「さて、こんな重大事故を見逃したんだから……処分は免れないよねぇ。師走さん消されちゃうかも」
師走の近くの椅子に腰をかけ、師走を覗き込む。
師走の絶望した顔を見て、ぞくぞくとした甘い快感が体中を駆け巡った。
嗚呼―――萌える。
やっぱ、人間のこういう表情ってたまんないなぁ。
「僕の言うこと聞いてくれるなら、何とかしてあげるけど?」
さぁ、また一人駒が出来た。
もうすぐだよベル、それにアリスちゃん。
もうすぐ――この研究をぶっ潰せる。
男はしばしば夢を見た。
自分の罪をさらけ出し、それでも少女が自分を抱きしめてくれる夢だった。
少女は宝物を抱くように優しく男を抱きしめる。
“どんなあなたでも受け入れる”と。
男は目を覚めし、気が狂いそうになった。
何度も気が狂いそうになった。
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生きてきて良かったと思った
《《<--->》》
『 幸せで 』
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episode06
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〈 ニーナサイド 〉
この国の政治都市には、エリックに連れられて何度か来たことがある。
でも今日は今までで1番緊張していた。
部屋に招き入れられると、見覚えのある官僚が数名椅子に座っていた。
この国は官僚政治だと言われることがしばしばある。
それだけ官僚の力は大きい。
「リバディートップの夫人か」
こんな小娘を寄越してきて何のつもりだと、小娘相手では話にならないと、そう思っているような目だ。
「トップは他の用事で遅れるようなので代わりに先に来させていただきました」
深く息を吸ってからはっきり言った。
テーブルに飲み物が2つ用意されていたためエリックと私の分であると解釈して椅子に座り、問い掛ける。
「お話とは何でしょう?」
エリックはすぐに来るらしいが、先に話を聞いておいてほしいとも言われている。
「連日の勝手な行動についてだ。リバディーはこちらの要求を無視している」
「要求、と言いますと?」
「ある指名手配人の追跡命令だ。休暇中とはいえ、動ける人員は十分いるんだろう?何故動かない」
「ある指名手配人…とは、不老不死の個体のことですか?」
質問に質問で返すと、男達は目を丸くして私を凝視した。
何故知っているのかと言いたそうな目だ。
「そのことに関してはサポートできません。トップの決めたことです」
「……なんだって?」
「我々は今後一切不老不死の追跡に手を貸しません」
「そんなことを言って、どうなるか分かって――」
「分かっていないのはあなた方の方でしょう」
日本との同盟強化の裏にあったのは、生物兵器の大量生産という共通の目的。
国民は何も知らされていない。
この国が非人道的な研究に加担していることが公になればどうなるか。
「多額の税金を生物実験に回した―――このことが世間にバレたらあなた方はおしまいですね」
正面にいる官僚に向かって微笑むと、場が静まり返った。
この人達に不満を持つ人は多い。
官僚の力が強まることで民主政治が危機に晒されるのではないかと懸念を抱く国民もいる。
叩き潰すための材料さえあれば一気に襲い掛かっていくだろう。
「証拠のないものは事実ではない」
端にいる官僚が自信ありげに言ったことで沈黙は破られた。
言い返せない私に、官僚達はにやにや笑い始めた。
「大人は狡いものだよ、お嬢さん」
「……っ」
まさかここまで開き直られるとは。
世間にバラす気などないし、今後リバディーにこの手の命令を出さないと約束さえしてくれればいいだけなのに。
と。後ろのドアが開く音がした。
「証拠ならここにある」
コツコツと靴音を鳴らしながら、頼もしい声がそう言った。
ゆっくり私の隣に座ったエリックは、テーブルの上に書類を置いた。
「生物実験に関する同意書だ。関係者に借りてコピーを取らせてもらった」



