マイナスの矛盾定義

「今日の外出が終わったのか」



師走は少女を見ながらそんな独り言を言い、


「そろそろ離してくれ。仕事ができない」


冷静な様子で再び僕を見上げた。



「………」


少し痛い目に合わせようかと迷ったが、結局何もせず手を離した。


現段階で何かするのは得策じゃない。


多分、こいつは本当に僕のことを放っておく気だ。


今のところ害のない人間を下手に刺激するのはやめておいた方がいい。



師走の隣の椅子に座って、パソコンに向かう師走に問い掛ける。



「師走さんさ、自分も殺されるかもっていう心配はしないの?」


「殺されたらそれまでだ」



如月同様、師走も生に対して無頓着なようだった。
正午には解放してもらえた僕は、早速如月を連れて研究所の外へ出た。


久しぶりの外は新鮮だった。


自販機でいちごミルクを何個か買えた。



だから僕の機嫌は良好なのだが、


「人混み……嫌い……」


如月はそうでもないようで、これでもかというくらい眉を寄せ、嫌そうな顔をしている。



「日差しも嫌い……」



だったら日傘でも持ってきたら良かっただろ、と内心いらつきながらも愛想よく笑いかけてやる。



「じゃあ近場の店にしよ。ほら、この辺にショッピングモールあるみたいだし」


「…もう帰る……研究所にもご飯はあるし……」



ピタッと立ち止まって来た道を戻ろうとする如月の肩を掴んで無理矢理止めた。



「もうちょっと歩くだけだから!」


「…えー…」



如月は渋々といった感じで僕に押されて歩き出す。


あーもうこいつ何でこんなめんどくさいの?


ちょっとそこに行くだけだろうが。研究所でしか生きられないの?そういう生物なの?



「そもそも何で私と行こうとするのか分からない…一人で行けばいいでしょ……」



まだブツブツ文句を言う如月の声には気付かないふりをしてショッピングモールに向かう。


僕だってこんな面倒なことしたくないけど、アリスちゃんがこうするといいって言うんだから仕方ないじゃん。


ほんとにこんなやり方で如月に変化が現れるのか疑問だけど、まぁアリスちゃんの言うことだし、何もしないよりはマシ。
ショッピングモールに着き日差しが当たることがなくなると、如月の文句は減った。


そこでふと気付いたが、何というか……如月の格好は浮く。


汚れた白衣を着たまま外に来ているのだ。


その下の服にも、洗っても取れないレベルの汚れが付いている。


その汚れには生物実験の際の返り血であろう血の痕も含まれているし、僕は別に気にならないが、こういう場所に来るには不適切と言えなくもない格好だ。



「如月さん、新しい服買えば?」


「え……」


「如月さんお金使わなさそうだし、こういう時に使っとかなきゃ損だよ」



あまり乗り気ではない如月の手を引っ張って無理矢理洋服店に連れていく。



「…あなた…ちょっと強引すぎると思う…」



如月は僕に引っ張られながら不機嫌そうに唇を尖らせた。



お前が思い通りに動いてくれたらこっちだって強引にならなくて済むんだよ、さっさと動け。






洋服店の前で如月の手を離し、背中を押して店に入らせた。



「店員さんに選んでもらうか、自分で選ぶかしてね。僕は甘いもの買ってくるから」


「え…別行動するの…?」


「戻ってくるよ。それまでに買った服に着替えといて。じゃあね」



ばいばーい、と手を振ってスキップしながら店を離れた。



ふう、やっと単独行動ができる。


甘いもの食べたかったんだよね~最近研究所にいるばっかで買いに行けてなかったし。
何やら行列のできているドーナツショップに並び、待っている間にと携帯を開いた。





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To:アラン
Sub:
アリスちゃんがその船に乗ってることバレてるよ
一般客が通報したんじゃない?
気を付けて
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送信。




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From:アラン
Sub:
ブラッドにも伝えておく
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それだけ書かれたメールがすぐ返ってきた。



アラン達が乗ってる船凄いなー。


通話もメールも部屋でできるんだ。


もう結構陸に近付いて来てるとか?




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To:アラン
Sub:
アリスちゃんには伝えないの?
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From:アラン
Sub:
余計な心配をさせたくない
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To:アラン
Sub:(^v^)

ひゅーひゅー!
前の秘書達はあんなに雑に扱ってたのに相手がアリスちゃんとなると違うね(☆ゝω・)b⌒☆
まさかあのアランが女の子に優しくするとはね!
こんな日が来るとは予想もしてなかったよ
今のアランの方が萌えるなあ
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何故か返信が来なくなった。





暫く待った後ドーナツを3つ購入し、昼飯前ということもあって1つだけ食べてからまた洋服店に向かった。
先程如月の背中を押した場所まで行くと、普通の女が立っていたもんだから驚いた。


白ニットと濃い赤のパンツ。シンプルだが似合っている。


着ていた服は店の袋にしまったらしい。


……普通だ……。変人オーラがなくなってる。


その辺を歩いていても気が付かないんじゃないか?



「どんな女でも女性らしい格好をすると多少は女性っぽく見えるようになるんだね」


「………どういう意味…?」


「嘘嘘。似合ってるよ。殺したくなるほど」



ぽろっと本音が漏れてしまったが、如月は特に気にする様子もなく、僕の発言より持っている物の方が気になるようだった。



「何を買ってきたの…?」



ドーナツショップの袋を見てそう問い掛けてくる。



「あーそうそう、如月さんにも買ってきたんだよ」



本当は全部自分用に買ったのだが、あげないのも男らしくない気がしたのでそういうことにした。


ドーナツを1つ渡すと、如月はそれを見てぽつりと言う。



「円環体だ……」


いやドーナツって言えよ……。



「体積求めたい…」


「ドーナツは体積を求めるためじゃなくて食べるためにあるんだよ?知ってた?」


「ドーナツ……そっか、これのことをドーナツって言うんだ…」


「……何その初めて知ったみたいな言い方」


「言葉を聞いたことはあった…ドーナツ化現象とか。そっか、食べ物の名前から来てるんだ……」



変なところで有り得ないほど無知らしい。



「そーだね、大発見だね」と少々馬鹿にした返事をしたが、如月の生い立ちを考えると無理もない話ではないかとも思った。


幼少期は実験体にされていたみたいだし、クリミナルズに拾われ自由になったとはいえ如月自身一般的な生活に興味を示すタイプじゃない。


おそらく如月は興味のあることしか知ろうとしない人間だ。