マイナスの矛盾定義

『雰囲気が凄く似てる。だから無意識に如月を良く思おうとしてた。如月を受け入れて、母親への憎悪も消そうとしてた。人を憎むのって疲れるからね。最低だと思わない?ベルを殺した如月を受け入れることで、自分だけ楽になろうとしてたなんてさ』


「…そんなこと、」


『あー、やめて。優しい言葉かけないで』



そんなことないと言おうとした私の言葉を遮り、



『僕を許さないで』


ラスティ君は囁くように言った。






そんなことを言われてまた黙ることしかできなくなった私に、



『ねぇ、人ってどうすれば感情が動くと思う?』



今度はよく分からないことを聞いてくる。




『如月には一般的な人間の感覚が欠如してる。だからそれを補いたい。補った後で殺したい』


「…ちょっとよく分からないのだけど」


『如月に罪悪感を抱かせたいんだ。自分の罪を知ったうえで死んでほしい』



やはり如月を殺そうとしているらしいラスティ君が本気であるということは、声音から分かった。




「……残念だけど、そんな難しいことを聞かれても的確な答えは出せないわ。人間らしくない人間を人間らしくするって簡単なことじゃないと思うもの。…でも、その人を変えるって意味なら、普段しないことをさせるのがいいんじゃないかしら」


『普段しないこと?』


「私には分からないけど………如月がしなさそうなことって何?」


『研究以外のことかなぁ。趣味とかなさそうだし、外にも殆ど行ってない』


「なら買い物に行ったら?」


『へ?』


「新しいことなら何でもいいのよ」



変わってしまった人間を元に戻すのは難しい。


でも人を変えるのは案外簡単だったりする。と、私は思ってる。



そしてできることなら、如月の変化がラスティ君の変化にも繋がればいいと思う。
『ふーん…買い物ねぇ』と考え込むように呟いたラスティ君は、ふと気付いたように聞いてきた。



『てか、シャワーの音してない?部屋に誰かいんの?』


「あぁ…アランが入ってるわ。もうすぐ出て来ると思うけど」


『……え?アランと同室?ぶらりん許した?ていうかアランの携帯から掛けてきてるよね?借りてんの?』


「携帯借りるためにアランの部屋に一時的に来てるだけ。もうすぐ戻るわ」


『えーいやいやちょっとちょっと、こんな時間に男の部屋はまずくない?』


「男って言ってもアランよ?」


『えぇ?アリスちゃんの中でアランってそこまで安全な男ポジなの?アランもやるなぁ、アリスちゃんを信用させたうえぶらりんに内緒でアリスちゃん部屋に連れ込むなんて。今日が処女のアリスちゃんと話せる最後の日かも』


「変なこと言わないでちょうだい。別に何も起きないわよ」


『そうだといいけどねー?アランは激しいから気をつけなよ。優秀組の中でも1番体鍛えてるし』


「激しいって何が…」



「おいコラ、誰の話してんだ」


「…っ、」



いきなり現れたアランに、ひょいっと携帯を取り上げられた。


いつの間にシャワールームから出てきたのか。


まだ髪を拭いている最中らしく、水が滴っている。



「……あ?別に何もしねぇよ。お前もさっさと寝ろ。…あぁ。おやすみ」



電話の向こうのラスティ君と何やら短く話した後、アランは通話を切った。



……ていうか、ちゃんと着る物着なさいよ……。


上半身裸なのは筋肉自慢なの?


胸板からお腹を見ていると、アランはにやりと笑ってからかってきた。



「どこ見てんだよ、変態」


「あなたにだけは言われたくないんだけど…?」



真顔でそう返せば、可笑しそうにまた笑いながら薄い黒のシャツを着るアラン。
「そろそろ帰るわね。携帯貸してくれて助かったわ」



ふんっと外方を向いて立ち上がった私の手首をアランが掴んだ。



………あぁ、そういえば一人で廊下に出ちゃ駄目なんだったわね。



帰りも送るから待っていろという意味で止められたのかと思って見上げると、


「お前、やっぱ無理してねぇ?」


予想外の質問をされた。



「…無理?」


「この船で最初に会った時より疲れた顔してる。俺達と行動を共にし始めてからずっとだ」


「今は無理しなきゃいけない時期よ。わざわざあなた達が協力してくれるんだから、私も頑張らないと…」


「そうじゃねぇ。多分それとは関係なく、ずっと辛そうだ」



辛そう……?


自分じゃいつも通りのつもりだったから、アランの言葉に戸惑ってしまう。


他人から見ればそう見えるんだろうか。



「あんなに親しくしていた仲間の元に戻ろうとしないのは何でだ」


「……」


「戻れないのか?」


「……」


「それ程―――辛いことがあったのか」



アランのグリーンの瞳が真っ直ぐこちらを見下ろしてる。


そんな目で見られると、真実を話さなければならないような気がしてくる。



「…辛いわけじゃないわ。……でも分からないの。仮にあなた達と手を組んで全てが終わったとして、雇い主に…シャロンにどんな顔をして会えばいいのか」


「お前の邪魔をしてるって奴か」



言葉にされた途端、ずきっと心臓の辺りが痛んだ。



「シャロンが私の目的の邪魔をしようとしてるって知った時、1番近くにいたはずなのに、凄く遠い存在のように感じたのよ」



言葉にした途端、初めて自分の気持ちを知った気がして。


急に泣きたくなって目頭を押さえた。


これ以上余計なことを話すべきではないと思うのに、アランは優しい声で返してくる。



「辛かったな」
「………っ…シャロンには、感謝してもしきれないくらい助けられたのよ」


「あぁ」


「これだけしてもらっておいて、目的の相違があったからって、裏切られたって思うのは罰当たりだって分かってる……でも、…」


「アリス」


「…何よ」


「鼻水出てるぞ」



こ、こいつデリカシーないわね…!!



「つけていいから」


「……へ、」



いつの間にかアランの腕の中にいた。


ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる



「鼻水垂らしてようがぶっさいくな泣き顔晒してようが、獣みてぇな声出して喚こうが、ここなら別にいい。体裁なんか気にしなくていい。強がんな。俺はどんなお前だろうと受け入れるから」



その言葉を聞いて、詮が緩んだかのようにぶわっと涙が溢れ出した。



「お前の気持ち、何となく分かる。そいつには自分の目的を理解してもらえてると思ってたんだろ?」


「……ん…」


「だけど、実際は邪魔されてた。そりゃ裏切られたと思うわな」


「………ッ…ひっ…く…」


「でも敵視はできねぇんだろ?大切な奴なんだろ?」


「…うん…ほ、…ほんとにっ…大切でっ…」


「今はまだ無理に許す必要はねぇよ。許せない自分を許容しろ。お前の感情は間違いじゃねぇから」





夜なのに太陽の下にいるような気分になった。




私の頭を撫でる大きな手に酷く安心した。






アランは、私が泣き止むまでずっとそうしてくれていた。