マイナスの矛盾定義

もし見つかったとしてクリミナルズの人間が何かしてくるとは思えない。


都合の良い考え方だけど、敵組織の人間と協力することになったとはいえクリミナルズに不利益はもたらしていないのだから、裏切り者扱いはされないだろう。


クリミナルズを避けたいのは、ただ私が会いたくないからだ。




「お前、無理してねぇ?」


部屋に入る前、アランが私の方を向いて不思議なことを聞いてきた。



「…別に、してないけど」


私のどこを見てそう思ったのか疑問だ。



「……ならいい」



アランはドアを開けて私の背中を軽く押し、入るように促す。



部屋に入ると、ブラッドさんとチャロさんがまだ話していた。




そこでふと気付いた。


タダ働きするってことは、私にお金は入ってこないわけで……今あるお金だけで何とかやっていくしかない。


大金は持ち歩かない主義だし、荷物は殆ど全部シャロンの部屋に置いてきてしまった。


服はチャロさんが貸してくれたけど、今後やっていくには自分の着替えが必要だ。


今後の生活費のことも考えると、お金が足りるか分からない。



「あの……借金してもいいかしら?」


自分の口から借金なんて言葉が出てくる日が来るとは思わなかった。


いつもお金がなければ奪い取る精神で生きてるのに。
「何か買いたい物があるんですか?」


「今後生活していくにあたって服が必要かなって…」


「あぁ、それなら昨夜買いました」


「え?」


「元から君がお金を持っているとは思っていません。俺が何の準備もさせずに無理矢理連れて来てしまったのですから。歯ブラシなども買っておきましたから、必要であれば使ってください。今日の昼頃纏めてチャロの部屋に届けるよう言ってあります」


「い、一応少ないながら所持金はあるんだけど…」


「君に関するお金は責任者として俺が出します。遠慮は必要ありません」



「駄目だ」



ブラッドさんを叱責したのはアランだった。



「金の面でフォローすんのはこいつが今ある所持金を使い終わって、どうしようもなくなってからだ」


「何故?」


「今こいつは“借金”って言ったんだぞ。金にがめついこいつが。こいつなりに俺達に気ぃ使ってんだよ。その気持ちを無駄にすんな」



アランは私の立場に立って物を考えてくれているらしかった。


ちょっとけなされたような気がしないでもないけど…。



「今ここでこいつに必要以上に与え続けたら、後々こいつが余計気ぃ使うことになるかもしんねぇぞ。“敵組織の人間に世話になりっぱなしだ”って」



ブラッドさんはアランの言葉に衝撃を受けた様子で、不安そうに私を見てくる。



「アリス、俺はお節介だったでしょうか?」


「ええっと……当分自分でできることは自分でしたいと思ってるけど、あなたのしたことを迷惑だとは思ってないわ。プレゼントとして受け取っておくわね」


「…そうですか…分かりました。では、頼らざるを得なくなったら、また言ってください。俺はいつでも君の力になりたいと思っているので」


「……あり、がとう」



人を裏切る仕事をしていた私が、裏切った組織の連中にここまで優しくしてもらうのは初めてだ。



「…みんな、ありがとう」



リバディーという組織に出会えてよかったなんて、柄でもないことを思った。
その日はエリックさん達とビデオ通話しながら計画を立てた。


ただでさえ忙しいエリックさんは途中でしばしばいなくなったが、代わりにニーナちゃんが話を聞いてくれた。


あとはエリックさんと外国の組織の方との会話に入って通訳をしたり、ブラッドさんやアラン、チャロさんとご飯を食べたりして1日を過ごした。










夜になってお風呂から上がる頃、約束通りアランが迎えにきた。


髪を乾かしていた途中だった私は急いで準備をし、待ってくれているアランの元へ小走りした。


どうやら廊下で電話させてくれる気はないらしいので、アランの部屋まで歩きながら髪を結んでいると、アランがじーっとこちらを見てくる。



「…何?」


「うなじがエロい」



変態がいる…!


慌てて髪を下ろすと、アランはクックッといつものように低く笑う。



部屋までそう離れているわけではないのに、アランがわざわざ周囲を気にしながら私の横を歩いているのが分かる。


ふざけた奴なのかそうじゃないのかよく分からない。







「シャワー浴びてくるから、その間に話しとけ」



部屋に到着すると、アランは私に携帯を渡してすぐシャワールームに入って行った。




キャシーへの電話にはブラッドさんのを借りたけど、チャロさんには借りにくいし、自分の携帯がないって不便ね……。


普段使わないから、いつもはシャロンから貰う使い捨て携帯を持ってたり持ってなかったりって感じだった。



しかし、この状況下で携帯は連絡手段としてかなり必要だ。


ジャックやフォックスにも連絡したいし……となると日本で買うしかない。


携帯を買った場合に残るお金を計算して溜め息が出た。
暗い気分のままラスティ君に電話を掛けると、1コールも終わらないうちにラスティ君の声がして。



『おっそぉぉぉい』



遅いと言われても、別に緊急の用事があるわけではないのだからこっちだって急ぐ理由がない。



「そりゃ悪かったわね。調子はどうかしら?」


『んー。主要な研究員何人かの弱みは握ったから、そいつらのコントロールはできるようになったよ』



語尾に音符が付きそうなノリで怖いことを言っているラスティ君。



「…そう。こっちはとりあえず日本に着かないと始まらないし、まだ計画を練ってる段階だから、そっちが順調なのは有り難いわ」


『でっしょ?褒めて褒めて』


「それじゃあ特に用も無いし切るわね」


『は?待ってよ』



約束したから掛けたが、現状の報告以外にすることはない。


そう思って切ろうとしたのに止められた。



「何かしら?」


『別に、用事とかそういうんじゃないけど。アリスちゃんに聞いてほしいことがあって』



意外とお喋りが好きなんだろうか。


さっさと話せという意味を込めて黙っていると、ラスティ君は話し始めた。




『僕さ、如月に妙に惹かれるんだ。でも、話してるとイライラする時がある。こんな相反する感情を抱いたの初めてなんだよね』



そんなに頻繁に話していること自体驚きだ。


数年間研究員だったジャックも如月とは殆ど会ったことがないと言っていたのに。




『何でだろってずっと思ってたんだけど、多分それって如月があの女に似てるからなんだよね』


「あの女?」
『母親だよ。僕たちの』



私の想像上のラスティ君の母親は鬼のような外見だったのだが、どちらかと言えばおっとりした印象を受ける如月に似ているとは驚きだ。



ラスティ君は母親に似ている人と関わっていて平気なんだろうか。


私なんて、過去にいた研究所を訪れるだけで動揺するのに。