マイナスの矛盾定義




「2人共アリスちゃんのこと真剣に好きだと思うから。ちゃんと悩んであげてね」



優しく微笑むチャロさんは、頼りがいのある大人の女性って感じだった。



でも、そんな話聞いたら余計どうしていいか分からなくなる。


2人共、仲の良い友人ってだけじゃだめなのかしら?


どうして恋人になりたがるんだろう。


私にそれほど女としての魅力があると思えない。


そもそも恋愛って…人に恋するってどんな気持ちなのかしら?



そう思ってもう眠ろうとしているチャロさんに陽のことを聞こうと思ったが、やめた。



「……おやすみなさい、チャロさん」


「うん、おやすみ」



薄暗い室内で、短くなったチャロさんの髪の毛が静かに物語っている気がした。
翌朝、私たちはまたブラッドさんの部屋に集まって話し合った。


話し合いの途中で電話がかかってきてアランは外に出たので、結局3人で話すことになったが、結果として私たちはクリミナルズが向かう港の1つ前の寄港地で降りることになった。


私がいるためできるだけクリミナルズを避けた方がいいという理由だ。



「いいの?2人共目的があって行ってるんじゃ…」


「いいのいいの。日本観光できればどこで降りようが関係ないしね」


「いつでもいい用事ですから」



そこでふと疑問に思った。



「ブラッドさんはどうして日本へ?」



考えてみれば不思議だ。


何事にもあまり興味を示さないブラッドさんが観光なんてするかしら?



「聖地に行きたくて」


「え?」


「俺とアリスが出会った場所です。クリミナルズと銃撃戦になったあの…」


「そ、そこが聖地だって言いたいの?」


「この船に乗った時は、もう一生アリスには会えないと思っていましたから。せめて思い出だけでも大切にしようと思って…」



恥じらう乙女のような表情のブラッドさんだが、言ってることが重い……。





と、その時。


外にいたアランがドアを開けて私に言った。


「アリスと合流したってラスティに報告した。ラスティがお前にかわってほしいそうだ」


電話の相手はラスティ君だったらしい。



私はアランから携帯を受け取り、アランと入れ替わるようにして廊下へ出る。



『やっほーアリスちゃん!ひっさしぶりー』


「……機嫌良さそうね」


『まーねー。アリスちゃんがそこにいるってことは、もしかして知っちゃった?あいつが何してるか』



そういえば、ラスティ君は前々からシャロンのしている行動について私にほのめかしてきていた。
その質問にはあえて答えず、質問し返す。



「あなた、何のつもりで動いてるの?何か企んでるわけ?」


『えー何それ酷くなーい?善意でやってるつもりなのにな。アリスちゃんのた・め・に』


「………あなたが他人のために動くと思えないんだけど……」



ラスティ君から善意なんて単語が出てくると思わなかったから鳥肌が立った。


私の反応がおもしろかったらしく、電話の向こうのラスティ君はケラケラ笑う。



『確かに、アリスちゃんのためとは言い難いかなー。“僕が”気に食わないからやってることが、結果的にアリスちゃんのためになってるってだけだし』



何が気に食わないのかよく分からないが、別に興味もない。


でもとりあえずお礼は言っておくべきだろう。



「ありがとう」


『え!?』


「え?」


『…びっ…くりしたぁ…アリスちゃんってそんなあっさりお礼言うんだね。今日は随分素直じゃん?』



今は一時的にリバディーのメンバーになってるような状態だし、クリミナルズの一員として話す必要もないから、お礼も軽々と出てくる。



『僕が勝手にやってることなんだから気にしないでよ。…それに、思わぬ収穫もあったしね』


「あら、畑仕事でもしてるの?」



そう茶化してやるとラスティ君は吹き出し、『アリスちゃんおもしろーい』って今度はゲラゲラ笑った。
「…本当機嫌良いわね」


『ったり前じゃん?アリスちゃんが僕らのもんになったんだよ?これほど愉快なことってないでしょ。あいつ今どんな顔してんのかなー?って言っても、ベルを殺した人間はアリスちゃんが信じてた通りあいつじゃなかったんだけどね』


「シャロンじゃなかった…?」


『あぁ、これがさっき言った収穫なんだけど。ベルを殺したのは如月だった。それも、あいつに指示されたんじゃなく自分で判断して薬を打ったらしい』



そんな馬鹿な…いや、如月は元クリミナルズのメンバーなんだから、有り得ないこともないわね。


あの銃撃戦の時あの場にいたとしてもおかしくはない。



『僕は近々如月を殺す。それはきっと、ある程度の研究の停滞に繋がる。アリスちゃんの目的の延長線上に僕の目的がある。利害の一致だよ』



そう言われた時、私は一瞬何も言えなくなった。


如月を殺す……ラスティ君が。



「……殺さないで」



思わずそう頼んだ私に、ラスティ君は少しばかり厳しい言い方をしてくる。



『何?まさか、研究を廃止させる過程で人を殺すなって言ってる?悪いけど、それは無理だよ。研究を止めるにしてもそのままにするにしても犠牲者は出る。敵に情けをかける余裕がアリスちゃんにあると思ってる?』


「…そうじゃなくて…」



どう言っていいのか分からなくて口ごもる。


私の目的を達成するためには邪魔になる人間がいるって分かってるし、手段を選ぶべきじゃないってことも分かってるけど。


私が言いたいのはそういうことじゃない。



「……如月を殺したら、行ってしまうんでしょう?」
復讐相手を殺すこと、それがラスティ君の生きる意味。


それがなくなったら……ラスティ君はきっと自殺する。



「あなたを死なせたくない」



自分の口からこんな言葉が出てくると思わなかった。


いつの間にかラスティ君は、私にとって“守りたい存在”になっていたらしい。





暫しの沈黙の後、ラスティ君は急に真剣な声で言ってきた。






『――――じゃあ、ずっと僕のこと見ててよ。

四六時中見張ってて?アリスちゃんが見てないと僕、死んじゃうかもしんない』





何とも形容し難いが、その声はどこか切なげだ。



『明日にでも如月を殺して死んじゃうかもしんない』



幼い子供が甘えるみたいに、私に語りかけてくる。



『僕を死なせたくないなら、ずっと僕を見てて。……僕が死んだら目を離したアリスちゃんのせいだかんね』






さすがに四六時中は無理だと言いかけた時、


『なーんってね!ジョーダンジョーダン。今の忘れて』



ラスティ君はパッと明るい声になった。



『アリスちゃんは忘れていいんだよ。僕のことなんて』



その明るい声のせいで、冗談だか本気だか分からないことを言ってくる。
「あなたみたいな人間を忘れるなんて無理よ」



私がこれまで出会った人間の、数多い変人の中で、ラスティ君は際立ってるんだから。



そんな悪い意味で言った言葉だったが、


『……ふーん』