マイナスの矛盾定義

「もしそうなら、許しません」



許さないって言われたって、戻らなきゃいけない。


クリミナルズの力がなければ指名手配されている私は日本に入ることすらできないかもしれない。



「こんな身だから、クリミナルズくらいしか居場所がないのよ」



ブラッドさんは私からゆっくり離れ、しかし私の腕を離さず、私の目を見て言った。



「聞いてください。俺は君を研究所に差し出すつもりはありません。個人的に君を匿ってもいい」


「…それだけじゃ駄目なの。私には目的があって、」


「ならその手助けがしたいです。君が何を望もうが、その望みを叶える手助けがしたい」


「無理よ。あなたリバディーの人間でしょ?私はマーメイドプランを廃止させようとしてるのよ?あなたたちの組織は国と繋がってる。司令官であるあなたがこんな目的を持つ私に協力するなんて許されるはずがないわ」
「…マーメイドプランを廃止させる?」


「もうすぐ私が完全に不老不死になるっていうのは知ってるわよね?私はその前にあの研究を廃止させたいと思ってる」



こんなことを言えば絶対に手を引くと思っていたのに、


「そんなことですか」


ブラッドさんは驚きもしない。



「……簡単に言わないで。あなたの手に負える話じゃない」


「君は俺達の組織が国の支配下にあると思っているようですが、見方によればむしろ逆です。国家の情報、国民のデータを管理しているのはリバディーですから。俺達の動き次第で、国は機能しなくなる」



無表情で怖いことを言い始めるブラッドさんは、まるで私1人のために国を混乱に陥れることを厭わないような口振りだ。



「俺を味方につけるというのはどうですか?俺ならリバディーという組織を動かせます。君にとって大きな力になりますよ」



そして、少々意地悪な聞き方をしてくる。



「俺が欲しいですか?」



私の腰に回っているブラッドさんの片方の手が逃げることを許してくれない。


心の奥を見透かしてきそうな青色の瞳が覗き込んでくる。



きっとあんなことがなければ、こんなことを言われたって揺らがなかった。


私はクリミナルズの一員だからって即答して帰ってた。


なのに今は、


「…………ほしい」


誘惑に勝てない。



言った後で後悔しかけた時、ブラッドさんが――本当に幸せそうに笑った。



「君が20歳になるまでに、必ず君を救ってみせます。世界を敵に回しても俺は君の味方だ」



まるでドラマに出てきそうな胡散臭い台詞なのに、ブラッドさんが言うと現実的に聞こえて。


何がそんなに喜ばしいのか疑問になるくらい嬉しそうにしてるブラッドさんが年上なのに子供みたいで。



「ふっ」



それが何だか可笑しくて、思わず吹き出してしまった。



「あなた馬鹿じゃないの?…ほんと馬鹿、大馬鹿。恋愛脳のお花畑野郎ね」


「……何ですか、人が真面目に話してるっていうのに。…もう怒りました。無理矢理にでも連れていきます、俺の部屋」



言うが早いか、ブラッドさんは軽々と私を抱き上げた。


どいつもこいつも私をこうして連れていきたがる。


一歩間違えたら誘拐犯だ。



……それでも抵抗しなかったのは、ブラッドさんの本気を感じて、少しだけ信じてみようと思ったから。
―――…そして現在に至るわけだが。






「これはどういうことなの?」



ブラッドさんの部屋に集まったのは、チャロさんとアラン。


アランは私が船内にいることを知っていたのだから驚いていないけれど、チャロさんは頭痛がするレベルなのか頭を押さえている。



「プライベートで来ているところ申し訳ないのですが、何分時間がないもので。マーメイドプランを廃止させるためにできるだけ早く大人数で動き出さなければならない。君たちはちょうどマーメイドプランのことを知っていますし都合がいいです」


「ちょ、ちょちょちょっと待ってよ。話が急すぎて付いていけないんだけど?そもそも何でうちでスパイ活動してた敵組織のアリスちゃんが当たり前のようにここにいるわけ?おかしくない!?」


「船内にいたので連れてきました。しばらくクリミナルズと関わる予定はないそうです」



チャロさんは口をぽかーーんと開けて黙り込んだ。



「そうですね、まず研究所側の正しい状況を把握するために誰かにスパイ活動をしてもらわないといけないかもしれません」


「それなら既にラスティが動いてる」


「ラスティが?」


「あいつは先に日本に行って研究の中心人物と接触した。俺はこれから日本で研究の存在を知る人間の数を調べる」



アランは部屋のソファに腰をかけ、悪びれることなくブラッドさんに言う。


もしかして、アランがこの船で日本へ向かってるのってそのため…?
「思いの外最初から味方が多いようですね」



ブラッドさんはクスクス笑っているが、笑い事じゃない気がする。


自分の組織の人間が2人も勝手な動きをしてるっていうのに、怒らないわけ?



「当然だろ。俺はお前より先にアリスの味方だった」


「どういう意味ですか?俺はずっとアリスの味方であったつもりですが」


「行動を起こしたのは俺たちが先だ」


「…何を拗ねてるんです?アラン」


「……拗ねてねぇよ」



………そういえばこの人たち両方私に恋心抱いてるんだったわね。


こういうのを三角関係って言うんだったかしら?


三角形は美しい図形だと思うけど人間関係においては気まずいわね。


アランは私がアランでなくブラッドさんに頼ったことが不満な様子だが、ブラッドさんはアランの気持ちに気付いていない。


どういう態度を取っていいのか分からなくなる。




と、その時。





『―――――なるほど、揃いも揃って休暇は何をしてもいい期間だと思っているようだな』



ここにいるはずのない人の声がして、振り返ると、チャロさんが携帯を構えて立っていた。



「……ごめん、3人共。さすがにこの状況はトップに報告せざるを得ないと思ったから…最初からこの携帯を通して聞かせてた」



トップって……エリックさんに…!?


まずい。

私がここにいる状況もまずいけど、アランやブラッドさんが指名手配人ってだけじゃなく元スパイでもある私に協力しようとしている状況もまずい。


それにラスティ君が勝手なことをしてるっていうのも聞かれた。


優秀組の3人が降格させられてもおかしくない事態だ。




『アリスさん、お久しぶりです!』



ごめんニーナちゃん、明るく挨拶してくれるのは嬉しいんだけど今明るく返事できる空気じゃない……。
「聞いていたんですか。なら話が早いですね」



なぜか私よりブラッドさんの方が焦っていない。



「手助けをしていただきたいのですが。勿論、不可能であれば俺たちだけで行動します」


『自分が何を言っているか分かっているのか?』