マイナスの矛盾定義

これ以上この話をするのは危険だ。



「お前、まだあの研究に関わってんの?」



俺はあえて話題を変えた。


如月はともかく、陽に悟られるわけにはいかない。



如月の本題だって、高確率でマーメイドプラン関係だろうしねぇ。



「…うん…。今日はそのことについて話しに来た…」


「奇遇だねぇ。俺もそのことについて話しに来たんだ」



そう言うと、如月は分かりやすく眉を寄せる。



「何を企んでるの…?」


「お前が先に言えばぁ?」



睨み合ったまま、少しの沈黙が訪れた。



「このピリピリした空気嫌なんすけど……」



俺の隣に座る陽は運ばれてきた水を飲みながら、この場を離れたそうにしている。


如月はそんな陽を一瞥してから、陽の存在を無視するようにまた俺を見た。



「単刀直入に言えば……あの子を渡してほしい…」



俺のアリスは、やはり如月にとっては大切な研究対象らしい。



「それはできないねぇ」


「…………そう…」



意識的か無意識的かは知らないが、如月の視線には静かな殺意が篭っていた。


あまりに分かりやすいせいでまた笑いそうになったが、今にもこちらを刺してきそうな表情の如月を前にそんなことはできない。



「でもぉ、協力することなら可能かも」


「協力……?」
交換条件はどの社会でもそう珍しくない。



「俺はお前に彼女の状況を報告する。成長していく中で彼女の身体に何か変化があれば些細なことでも伝える…それがお前のしている研究の材料になるのならね。金銭的な支援もするよぉ。その代わりお前は――」



ただ、こんな要求を出す人間は今、世界中で俺1人だろう。




「―――俺のこと不死身にして?」





先に反応したのは如月ではなく陽だった。



「…は、はぁぁあああ!?」


「陽、うるさい。目立つからやめてよねぇ」


「え、だっておま、ちょ……今度は何言い出すんすか!」


「……分かった…その方向で努力する。現状として、あなたと協力することが研究を進める1番の近道だと思うし…考え様によってはあなたという実験体が1人増えたとも言える…あの子を直接使えないのは残念だけど、今は諦める…」


「如月も何言ってんの!?何なんだよこの深刻な常識人不足!」


「ただ……今のところ、薬が効いたのはあの子だけなの。今後誰にでも薬の効果が現れるように?するのが私たち研究者の課題…。ただ、それがなかなかうまくいかなくて……だから、今すぐにあなたを不死身にするのは無理……」



陽をスルーしたまま続けられる如月の言葉。


陽は俺達の様子を窺うように黙り込んだ。



「“今すぐに”じゃなければできんのぉ?」


「研究がうまく進めば……多分」


「多分じゃ困る」


「…私は魔法使いじゃない…努力はするけど…何でも簡単にできると思わないで…」


「確実に俺を不死身にして。俺の寿命がくる前に」


「…保証はできない…」


「お前ならできるでしょ?」


「……」


「天才のくせに謙遜しないで?」


「……」


「努力するならちゃあんと結果も出してねぇ?こっちだって、無意味な支援はしたくない」




如月は「無茶ぶりしてくるのは相変わらずか……」と聞こえるか聞こえないか程度の声量でぼそっと言い、



「………分かった…。必ずあなたを不死身にする」




俺の目を見てハッキリそう告げた。
如月と別れた後の帰り道は、雨が降っていた。


傘が陽の持ってきていた1本しかないので仕方なく陽と傘を共有して歩く。



「いいんすか?」


「何がぁ?」


「アリスちん、武器の使い方教えてやってる時に言ってましたよ。自分の夢は普通の幸福を手に入れることだって。不老不死ではなくなることだ、って」


「それは知ってる」


「…理解してます?あの研究を支援することは、アリスちんを邪魔することに繋がるんすよ」


「そのつもりだよ?」


「……俺にはあんたが何を考えているのか分からない」


「ずっと一緒にいたいんだ」


「…はい?」


「俺、あの子がいないと、自分が何をするかも分からない。この先生きていくうえで、あの子無しで人として生きていける気がしない」


「……」


「俺は人の皮を被った化け物だよ。だから人の心が分からない。でもあの子といると初めて多少の幸せを感じた」


「……」


「ずっとあの日だまりの中にいたい。いつまでもあの幸福感に浸っていたい」



幸せなんて知るべきではなかったのではないかと思う。


どうしても欲が出る。


もっともっととそれ以上を欲しがる。


幸せを知る前よりもずっと、苦しい思いをしたくなくなる。それまで平気だったはずなのに。




すると、陽は立ち止まった。


「失いますよ。大切な物を」


珍しく怖い顔をして、警告するように低く言った。



「楽になろうとしてその場しのぎで他人を騙して利用したって、いずれ苦しくなります。相手が自分にとって無くてはならない存在なら尚更です」



俺と7つしか年が離れていないはずなのに、年寄りみたいな説教をしてくる。



「綺麗事言ってんじゃないっす。アリスちんを庇おうとしてるんでもありません。俺は、姑息な真似をしていつか痛い目に合うのはボスだと思います」



そして視線を俺から前方へ移し、悲しそうな表情をした。




「それでもそうしたいなら、俺は止めません。ボスの選んだことっすから」





その日、俺達はそれ以上何も喋らずに組織へ帰った。


夜には雨が激しくなった。


暗闇が怪物に変わりそうな不気味な夜だった。
それから数日した後、陽は命令通りスパイとしてリバディーへ行った。


アリスは飲み込みが早く、その頃には陽から教えられた武器の使い方をもう習熟していた。


いとしい子には旅をさせよってことで、何度か危険なスパイ活動をさせた。


できるメンバーだと俺に思われたくて頑張るアリスの姿がいじらしかった。


そのことをリバディーにいる陽に言ったら、「好きな子いじめるとか何歳児っすか」と呆れられた。



全てが順調に進んでいた。


スパイ活動をさせてアリスがマーメイドプランについて調べる時間を減らしたし、アリスがマーメイドプランの関係者と合わないように隠蔽もした。


アリスは何も気付かなかった。


俺のことを信じていた。




そしてアリスがあと数ヶ月で20歳になるという日、



「シャロン様、アリスのことですが…今日は他の方の部屋に泊まるんだそうですわ」



天性の裏切り者である俺は、数年前陽に言われたことを初めて思い返したのだ。




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『失いますよ。大切な物を』
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昨日の敵は今日の友



《《<--->》》
『 あなたを死なせたくない 』





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episode02
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〈 アリスサイド 〉
『じゃあ、本当に問題ないんですわね?』


「ええ。…心配させてごめんなさい」