「…その人のこと、好きだったんだね」
「うん……とても」
――もしくは本当に研究員と幼い実験体の間で恋愛関係が成り立っていたか、だ。
僕はお粥に口をつけ、もう一度如月を見た。
きちんとした格好をすれば、どこにでもいそうな女性だ。
その奥に何を抱えているのか見ただけじゃ分からない。
どうして如月に萌えられないのか分かった気がした。
暴きたいという衝動がどうしても勝ってしまうのだ。
感情の高ぶりを伴わない好奇心。
何にせよ、僕が如月に抱く感情は今まで他の誰かに抱いてきたものとは全く違う物だった。
そこで僕は、ふと思い出した。
「もう1つ聞きたいことがあるんだけど」
本当にふと思い出しただけだった。
そこに何か重大な事実が隠されているなんて思いもしなかった。
「何に似てるって言ったの?」
「え…?」
「僕のことを初めて見た時、似てるって言った」
如月は記憶にないような素振りを見せたが、数秒後思い出したように「あぁ」と言った。
「以前会ったことのある子に…」
妙な胸騒ぎがした。
これ以上踏み入ってはいけないような、しかし踏み入らなければならないような。
分かっていたわけじゃない。
こんな質問をしたのは本当に偶然で、気紛れで、察していたわけでも、何か感じていたわけでもない。
「私…殺した人間の顔は覚えてるの。1人残らず…ね」
―――…瞬間、頭を殴られるような衝撃で叫びそうになった。
匂い、この女の匂い、在り来たりな香水じゃない、でも確実にどこかで――…。
《《---->》》
お 兄ちゃ ん
《《》》
記憶が甦ってくるかのように周囲の世界は姿を変え、僕の目に“あの日”の光景が映し出される。
《《---->》》
ねぇ まだ 思い出さないの
《《》》
1人倒れているベル。本当に人間が発しているのかと疑いたくなるほどの、実の妹の絶叫。
《《<--->》》
そ い つ だ よ
《《<--->》》
頭の中でベルが告げると同時に、僕は我に返り、目の前にいる如月を凝視した。
《《<--->》》
この匂いは―――毒を打たれたベルを見つけた時、周囲に漂っていた香りだ。
《《<--->》》
「……ころす」
《《<--->》》
言う前に、手が如月の首を掴んでいた。
《《<--->》》
細く冷たい首。簡単にへし折れてしまうだろう。
僕は睨み付けているはずなのに、それなのに――…如月は嬉しそうに笑った。
「驚いたな…私に、誰かに殺意を抱かれるほどの価値があったなんて」
「………ッ」
怒りに任せて手の力を強めた。
どうしてだ?どうして、どうしてどうして。嫌がってくれないと困る。恐怖で涙を流してもらわないと困る。泣きながら命乞いをしてくれなければ、なのに。
如月の顔は、歪まない。
一瞬ゾッとして、思わずその首から手を離した。
「………君さ、生に対する執着とかないの?」
「あるよ…彼女のことを研究し尽くすまで、死にたくないと思ってる……」
「じゃあなんで抵抗しないわけ?」
「抵抗するのは疲れるから……それに、勝てそうにないし…」
「意味分かんないんだけど」
「私も…どうしてあなたが私を殺そうとするのか、よく分からない……」
――仮に、“お前が僕の妹を殺したからだ”と言っても。
如月に理解できるだろうか。
妹を殺した相手が憎くて憎くて仕方がないというこの気持ちが。
何かが麻痺してしまっているこの女に、自分の罪の重さが。
僕は思い知らせなければいけない――殺すのではなく――如月に如月の罪悪を。
……今は時期じゃない。
衝動的に、よく考えず行動してしまった。
今殺すのはもったいない。
何も感じずに死なせてたまるか。
その時が来たら、この手で、一番残酷な方法でこの女を殺す。
自責の念に駆られながら、死ね。
《《<--->》》
-ship-
遂に日本へ向けて出発する日がやってきた。
移動手段は大きな船だ。
一般客もいる船なのでさすがに組織のメンバー全員と一緒に行くことはできない。
乗れなかったメンバーはまた次の船で日本へ向かうということになっている。
今回選ばれた船はなかなか豪華で、プールやシアター、ショッピングモールのような場所まであるらしい。
部屋へ向かう途中に並んでいる店を見ていると、隣のシャロンが私の頬を抓ってきた。
「何見てるの?さっきのクルー?かっこよかったもんねぇ」
「店を見てたんだけど…」
「本当かなぁ?アリスはすぐ男にときめいちゃうしぃ、疑わしいなぁ」
「はぁ?」
一体何を根拠にそんなこと言ってるのよ、という意味を込めて睨み付けると、シャロンはむうっとしながら言ってきた。
「ジャックに口説かれてドキドキしたんでしょお?」
……大事だと言われてきゅんとした、と言ったのをまだ覚えていたらしい。
「別に私がすぐときめく体質ってわけじゃないわよ。一般的な女性はジャックにあんな風に言われたらきゅんとくるんじゃない?」
「…うるさぁい。ときめいたことに変わりはないってのぉ。他の男を意識しちゃう悪い子だぁ~れだ」
痛いわ。
いい加減ほっぺた抓るのやめなさいよ。
「罰として船旅中は俺の部屋に泊まらせるからぁ」
ようやく私から手を離したシャロンは、部屋のドアを開けながら私にそう命令した。
「それ、私の部屋取ってる意味なくない?」
「アリスの部屋なんて最初から取ってないよぉ?」
………あ、そう。
私に決定権はないわけね…と溜め息を吐きながら荷物を部屋に置いていると、早くも部屋の呼び出しベルが鳴った。
シャロンは既にくつろいでいて動く気がないようなので仕方なく私が出ると、そこにはキャシー。
「やっぱりシャロン様のお部屋にいらっしゃったんですのね」
キャシーはむ~っと頬を膨らませたが、本題はそれではないらしくすぐに私に笑顔を向けた。
「船内の地図をもらったのですけど、ここ凄いですわよ!一緒に回りません?」
どうやら私を誘いにきたみたいだ。
女の子同士で遊べる機会なんて、そういえば滅多になかった気がする。
ちらりとシャロンの方を見ると、シャロンは私とキャシーを交互に見て、
「いいよぉ。行っておいで」
と珍しく優しい笑顔で許可をくださった。
この組織のリーダーとしての笑顔。
今のは私への許可と言うより、私と一緒に遊んでもいいという、キャシーへの許可なのだろう。
「ありがとうございますですわ!」
キャシーは嬉しそうに私の手を引き、シャロンの部屋から私を連れ出した。
「おいしいと噂のパン屋さんもありますのよ。どこから行こうか迷いますわね~」



