マイナスの矛盾定義

「こっちだってリスクありきで怪しい研究に関わることにしたんだから、中心人物のことはそれなりに調べさせてもらってるよ」


「ふーん…でも私の経歴を調べられたのはすごい…さすが“あの3人組”として知られる人達の1人だね………」


「まぁね。それで気になったことがあるんだけど…アリスちゃんってクリミナルズに拾われてずっとクリミナルズにいたんだよね?君が元々クリミナルズにいたなら、知ってたんじゃないの?」


「………」


「欲しい存在の居場所が分かっていて、何故報告しなかった?報告すれば捕まえられたかもしれないじゃん」
「どうやって捕まえるの?」


「え?」


「クリミナルズが意図的に守ろうとしている人間を捕まえるのに、国の力を借りたとしても、どれだけ時間がかかると思う?」


「……」


「それなら……私が個人的にクリミナルズと手を組む方が、手っ取り早い」



―――来た。



「手を組んでるんだ?」


「……まぁ…組んでると言えるのか分からないけどね……あの人を思い通りに動かすのは難しい……」


「あの人?クリミナルズのリーダーのこと?」



そこで如月が眉を寄せて僕を見た。



「どうしてそう思ったの……?」


「あの人って言い方からして協力者は1人のはずだし、君は“クリミナルズと手を組む”とも言ったから、その人物はクリミナルズを象徴する人間かなって」



如月は僕から視線を外し、小さな溜め息を吐いた。



「そう…。…私って分かりやすいのかな…」


「うん、分かりやすい。ていうか隠す気ないでしょ?」


「まぁ…無理に隠す必要性も感じられないしね……」



僕は録音を止めてほくそ笑んだ。


これで証拠が1つできた。アリスちゃんに教えることができる。



「でも大変じゃない?あの男、随分アリスちゃんに執着してるみたいじゃん。僕らの組織を襲撃して奪い返すくらいだし」


「そう……本当腹立つ……やっと直接会うことができたってところだったのに………」



目が据わってる。こわいこわーい。



「あの男ってアリスちゃんのこと好きなのかなー?」


「さぁ…?興味無いけど…付き合ってるんじゃないの…?」


「……へー」


「…私何かまずいこと言った…?目が据わってる…」
まーアリスちゃんが誰と付き合おうと僕には関係ないけどー。


そりゃ、嫌いな男とアリスちゃんが恋人同士ってなるといい気しないよ。



よくもまぁそんな発想できたもんだね如月サン。



「ほんとに恋人同士なのかな?僕にはそう思えないけど」


「そう思えないなら違うんじゃない…?私も本当のところはよく知らないから…」


「あの2人キスもしてないんだよ?」



付き合ってるならもっと早くにチューしてるでしょと言おうとしたが、その前に如月さんが言った。



「…キスしないのは……歯止めがきかなくなるからじゃない…?」


「……どういうこと?」


「あの人は万が一、億が一の可能性も排除したいんだと思う……」


「順序立てて説明して」


「端的に言うと…あの子に子を宿らせたくないんでしょ……」



今は避妊技術も発達してるってのに、低確率で起こることを恐れてアリスちゃんと性交渉しないってこと?


確かに100%の避妊はないけど、キスもできないほど何にびびってるって言うわけ?



「あの人は自分が嫌いだから……何も残したくないんじゃないかな…あるいは、子ができたとして愛せる自信がないとか……変なところで臆病だから。それに―――…」



如月さんは何か言おうとして、やめた。



「…少し話しすぎたね…仕事しよう」




それから、如月さんがこの話をすることはなかった。
――――
――――――――




体がだるい。


少々痛む頭を押さえながら、僕はいつもの椅子に腰をかけた。



――ここに来てもう数週間が過ぎた。


いつもの僕より仕事が遅い。


というのも、働きっぱなしで内部情報を得る機会がない。


如月からポツポツ聞き出してはいるが、まだ研究をどう破滅に導くかまでは見えてこない。




「っくしゅん」



……まいったな、風邪ひいたか?


滅多にひかないってのに、環境が変わったせいだろうか。



「可愛いくしゃみだね……」


「…っ」



いつから僕の背後にいたんだよ…。


僕が人の気配に気付かないなんて、余程体調が悪いのか?



「大丈夫?昨日からぼーっとしてることが多い……」


「…別に、平気だよ」



そう答えた瞬間、急に凄い力で椅子ごと床に倒された。


「……ッ!」


危うく後頭部を強打するところだった。


僕じゃなきゃ死んでたかもしれねぇぞ、今の。



「何すんの?」


怒鳴りそうになりながらも怒りを堪えて冷静に聞くと、ふわっと毛布をかけられた。



「お粥…つくってあげる」


「……は?」


「今日はもう寝てていいよ…多分熱あると思うから……」


「……」



付いていけない。


本気で人を読めないと思ったのは初めてだ。



寝てほしいなら倒す前に言えよ………。
如月は鼻歌を歌いながら研究室にある簡易なキッチンまで歩いていく。


えーと…今日はもう働かなくていいってことだよね?


ブラックだと思ってたけど一応休みは取れるのか、この研究所。



僕はとりあえず立ち上がって椅子を直し、椅子に座って毛布を膝にかけた。


汚そうな床で寝るよりは机に突っ伏して寝た方が寝やすい。




あのポトフを食べてから、如月はよく僕に簡単な料理をつくってくれるようになった。


僕も何故かその料理に慣れてきて、食べることに抵抗がなくなった。


……マッドサイエンティストが新入りの研究員を気遣ってくれるなんて、変な話だ。







ウトウトしかけていた頃、ことりと僕の隣にお粥が置かれた。



「…早いね」


「手っ取り早いお粥の作り方は昔恋人だった人が……教えてくれたから」



…意外だ。


こんな研究のために働いてて、恋人なんてつくる暇あるのか?



僕は体を起こして聞いた。


「その彼は君の仕事内容知ってたの?あ、もしかしてここの研究員?」


「ううん…その時は、私はまだ10歳だったから…」


「は?」



ロリコンに引っ掛かってんじゃん。
「彼は優秀な実験動物を探してた……かつては私がそうだった。でも、研究が見つかって、彼は捕まってしまった…」


「…何を言ってる?」


「あぁ、ごめん…。説明を省きすぎたね。彼はもう中止になってしまった研究をしていたの…マーメイドプランとは別の研究。私はその研究所で、モルモットと呼ばれてた…」



…つまり、如月は幼い頃人体実験の犠牲者だったってことか?



「私を愛してくれたのは…後にも先にも彼だけだった」



違う。“犠牲者”ではない。


如月の表情は、遠い過去を恋しく想っているような表情だ。



おそらくその元恋人とやらは、如月を実験動物としてしか見ていなかっただろう。


実験動物だからこそ優しく接し、恋人のように扱った。