マイナスの矛盾定義

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「彼女の場合、あの薬を投与した後、体細胞でテロメラーゼが強い活性をもっているのが確認されてる……。おそらく彼女の体内に元々あった物質とあの薬がうまく反応したんでしょうけど…私たちが知りたいのは、その物質がなんなのか…。少なくとも、体内にその物質のある生物は希少と考えられる」



あれこれと説明してくれるのはいいが、あまり頭に入ってこない。


この女何歳だよ?今日初めて会った男と同じ場所に住むって、いいのかそれは。



「……聞いてる…?」


「いや…聞いてるけど。君さ、こんな逃げ道のないような場所で男と2人きりなことについてはどう思ってんの?」


「…は…?…………あぁ…あなたそういえば17歳だったね…まだ年頃か……。大人びてるから意識してなかった……。別に、私のことは女だと思わなくていいよ……」


「僕が思う思わないの問題じゃなくて、もう少し危機感持てばって話」


「…そっちが意識しすぎなんじゃない…?私に気でもあるの……?」


「ねぇよ」



しまった、つい言葉遣いが荒くなってしまった。



なーんか調子狂うなぁ。


この女、面白そうだとは思うのに萌えられない。


それどころか話してるとイライラする。


愉しくない。


落ち着かない。
こっちはイライラしてるってのに、如月はふふふ…と不気味に笑う。魔女かな?



「ふふ…なんか息子を見てるみたいな気分……」


「その息子のムスコぶちこんでやろうか」


「え……?」


「んっ…、あ、いや、何でもないよ?」



あっぶねぇ、今無意識に心の声が漏れてた。


幸い如月は鈍感なのか、小首を傾げるだけで何も思っていない様子だった。



……その顔が焦る様を見てみたい。



まぁ、これからじわじわこの研究を内部から破壊していく予定だし、嫌でもそうなっちゃうんだろうけどね。


あークッソ、楽しみすぎて笑えてくる。


大切に大切にしてきた研究ができなくなるってどんな気持ちなんだろう?


この女から全てを奪って絶望を味わわせたい。





――と。


如月がノートパソコンを一台僕の前に置いた。



「はい…これ。ここのデータ全部纏めてほしいな………」



全部って…これを1人で?



「できれば今日中に全部やってほしい……あなたなら優秀だし、できるよね…?」



にやあ…と不気味に笑う如月は、僕の返事を待たず離れた場所へ行ってしまった。



つまんねーの…僕地道な作業って嫌いなんだよね。


できればパパッと内部情報奪ってパパッとこの研究所潰してパパッと帰りたいのになー。



…そう簡単にはいかないか。


スパイ活動ってたーいへん。アリスちゃんもよくやるなぁ。
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薄暗い研究室で、ひたすらにデータを纏める作業。


…疲れんなぁ、これ。


もう何時間経っただろうか。



伸びをして欠伸をした後、不意に人の気配が近付いてきたかと思うと、ことっと隣に何かが置かれた。



「はい…少なめにいれたから食べて…」



如月がスープ皿に入ったポトフを僕に渡してきたのだ。



時計を見ると、午前3時。



「…これ、如月さんがつくったの?」



こくん、と頷く如月。


…まいったな。リバディーで売られている物なら好きだけど、誰かの手作りを食べるのはまだあまり得意じゃない。



「せっかくだけど、これは如月さんが食べて。僕お腹空いてないから」


「でも…あなた何も食べてない…そんなんじゃ体壊すよ…」



僕の体の心配をするなんておかしな人だな。アランみたい。


大抵の人は僕を、というか優秀組を人間扱いしないのに。
「水分はちゃんと取ってるし、大丈夫だよ」


「でも……」


「大丈夫だってば」


「………」



如月がじーーーっと見てくる。


何だよその目は…食べろってこと?



無視しようと思いパソコンの画面に向き直ったが、どうしても視線を感じる。


気付かないふりをして仕事を続けることにしたが、如月がどこかへ行く様子はない。



1分経過。


2分経過。


5分経過。










「…………あぁもう、食べるよ」



こいつしつけぇんだけど……。


無言で見てくんのやめてくんない?マジで。薄暗いからお化けみたい。



如月は僕の言葉を聞き、ずいっとスープ皿を押し付けてくる。


仕方なく受け取り、少し食べてみた。




「…家庭の味がする」


なんて。言ってみたかっただけだ。家庭の味なんて知らない。


でもきっと家庭の味ってこうなんだろうなって思った。


優しい味だと思った。



思ってたより悪くない。
「こんな寒い夜にはあったかいもん食べなきゃね……」



満足そうに笑う如月は、平気で人体実験をするマッドサイエンティストにはとても見えない。



「…ねぇ、質問していい?」



少し興味が湧いた。



「いいけど……答えられる範囲なら」


「如月さんってさ、何歳なの?」


「…え…私?…29……いや、30…?よく覚えてない…記録を見れば分かるけど……」



てっきり研究のことを聞かれると思っていたらしい如月は一瞬訝しげな顔をしたが、きちんと答えてくれた。


意外だな。見た目が幼いから25歳くらいかと思ってたけど。



「如月さんの研究成果さ、これちゃんと発表したら世界的な賞取れるでしょ。何でマーメイドプランのためにずっと隠してるの?」



これはさっきから思っていた純粋な疑問だった。


こんなに才能のある研究員なら、もっと他に、いくらでも活躍のしようがある。


自分の研究成果を全てマーメイドプランに捧げる理由が分からない。




「…そんなものに興味ないもの…。私がどうしても解明したいのは、彼女の生体の神秘なの…。だから、この研究のために私の人生全てを捧げることだって厭わない…」



…なんだ?


何か、アリスちゃんへの執着のようなものを感じる。


いや違うな。



「そんなに彼女の体は魅力的?」
「ええ……とても惹かれる…」


「なぜ?」


「………私には価値がないから……。でも、あの子はとても素敵で、存在するだけでとても価値があって、羨ましい…」



――…如月の、アリスちゃんに対する感情は羨望だ。



僕はその歪みが、どこか自分に似ているとも思った。




「調べさせてもらったんだけど、君って昔はクリミナルズにいたよね?」



隠し持っている音声レコーダーのスイッチを入れた。


クリミナルズのリーダーが研究に関与している証拠をアリスちゃんに提示することも目的の1つだ。



どうやら今は随分口が軽くなっているようだし、この際吐かせてしまおう。



「……必要以上に女性の経歴を把握してるなんて悪趣味……」



女性がどこにいるんだ?と一瞬思ったが、そういえば如月は女性だった。


この奇妙な生き物を女性らしいように感じる時もあるし、そうでないように感じられる時もある。