マイナスの矛盾定義

「体力を消耗?いつの話をしてるんだ?」



そのきょとんとした顔からすると、別に疲れてはいないのだろう。


私を抱えてあれだけ走っても息を乱してないって……体力おばけにも程がありますわこの男。




……それにしても、随分と助けてもらった。


任務のために組まされた場合、片方がもう片方を見捨てるなんてことはよくある話だ。


でも、フォックスさんは今日初めて会話した私を必要以上と言っていい程きちんと守ってくれた。……悪い人だとは思えない。





「…さっきの話、お受けしますわ。あなたが本当に未来人かは置いといて」
「…どういう心境の変化だ?あんなに嫌がってたのに」


「私は元より、アリスが酷い目に合う原因となるようなものは排除したいと思っていますの。あの研究も含めて。あなたの話はその良い理由づけになりましたわ」


「友達思いなんだな」


「とっ…!?違いますわ!友達ではありません!友達では!!ありません!!!」


「お、おお、そうか」



少々大きな声を出してしまった私にフォックスは苦笑いしながら、しーっと口元に人差し指を立てた。








「―――…油断してると危ないわよ、お2人さん」


「グァァッ」



すぐ後ろで、大柄の男が床に倒れ込んだ。


びっくりして視線を上げると、そこには。



「アリス…!?」


外出禁止なんじゃ…。



「ホテルに泊まった帰りにたまたまこの辺を通りかかってたところだったのよ。シャロンも一緒だから安心して」



アリスにやられた男に再び目を向けると、やっぱり武器を持っていた。


敵にこんなに近付かれていたのに気付かなかったなんて…とぞっとしたが、フォックスさんはとっくに気付いていたようで、気絶している男の武器を冷静に拾い、使い方を確認している。


相手は1人だし、武器を奪うためにわざと近付けさせていたんだろう。



「…ていうかなんか私の名前が聞こえたけど、一体どんな噂話かしら?悪口でも言ってたんじゃないでしょうね?」


「ち、違いますわ!」


「ふーん…ま、いいけど。ここの金庫暗号解読が必要らしいから、さっきバズ先生も呼んでおいたわよ。ついでにジャックと陽も。前払いなしで来てくれる人っていったらこのくらいだわ」


「えっ…バズ君も来るんですの?」


「…キャシー、気持ちは分かるけど任務に私情を挟むのはだめよ。暗号解読はバズ先生の得意分野じゃない。頼った方がいいわ」



アリスの言うことも尤もだ。暗号解読は私の専門ではないし、バズ君がいてくれた方が早い。


デートって嘘吐いたのがバレてしまうけれど……仕方ないですわね……。
「あ、それと、報酬の9割は私がもらうわね?」


「なんで大半があなたの取り前なんですの!?」



急に連絡したのに来てくれたという点を考慮しても、9割はないですわ!



「あんたら、その話は後にしろ。…来てるぞ」



フォックスさんが顎をしゃくってこちらへ走ってくる武装した男達の存在を私たちに伝えた。



……ていうかフォックスさん、ニヤニヤしすぎじゃありませんこと?何楽しんでますのよ。



「こう相手の人数が多いと…たぎるな、軍人の血が」



笑みを深めながら武器を構えるフォックスさんの目が怖い。ハンターの目だ。



「今日は寒いし、体をあっためるのには良い運動になるわね」



妖しく笑いながら手首足首を回しているアリスもアリスで怖い。



私も誰かから適当な武器を奪った方がいいだろう。逃げるのは終わりだ。ここからは攻め。



「シャロン様はどこです?シャロン様に頂いた任務なのですから、さすがにシャロン様に手伝っていただくのは…」


「安心して、私だって嫌よ。あんなの出したらすぐ終わっちゃうじゃない。離れた場所で待機させてるわ」



なるほど、シャロン様が待ってるんですのね…シャロン様が………


………断然やる気が出ますわ!!早く終わらせて会いに行きませんと!!!



勢いで男の1人に跳び蹴りを食らわしてしまったが、敵だし別に構わないだろう。
私の跳び蹴りを合図にでもしたかのように、フォックスさんとアリスが動き出す。



目にもとまらぬ速さで次々と男達を倒していくフォックスさんもさることながら、私が一番驚いたのは、アリスの成長っぷり。



「な、なんだこの女!」

「うわぁぁあああああ」

「おい、馬鹿!小娘相手に何やってる!?」



武器を使わず体術だけで男達を戦闘不能にしてゆくアリス。


男達がパニックになっているほどだ。


傍から見れば関節どうなってるんだと言いたくなるくらい凄い動きをしている。


つ、強い…。

体術を学び始めたのは最近のはずですのに…もう武器無しでも戦えるレベルになってるなんて、陽の教え方が上手いというのもあるのでしょうけれど、アリスもやっぱり凄いですわ。




「こいつらをある程度倒して建物までの道をつくればいいってことで良いかしら?全員倒す必要はないのよね?」


「そういうことだ。全員倒してちゃキリがないからな」


「陽達が到着したら二手に分かれましょう。バズ先生とキャシーさえ金庫に届ければ勝ったも同然よ。私はキャシー側に付いていく。陽とジャック、あなたで外から中へ入ろうとする奴らの足止めをしてもらえるかしら」


「了解」



戦いながら指示を出すその姿が不覚にも格好良いと思ってしまった。


…って、よそ見してる場合じゃありませんわね。




バズ君達がやって来るまでの間、少しずつでも奥の建物へ近付いていかなくては。
――――
―――――――




「ここに来るまでには陽達が到着するかと思ってたけど…まだみたいね」



金が保管されているであろう比較的大きな建物の近くに着いたが、アリスの言う通り、予定より早い。バズ君達はまだ来ていない。



「こっちへ来る連中ならおれ1人でも食い止められるぞ。あんたらは先に金庫を見に行ったらどうだ?」



言いながら退屈そうに後ろから来る敵を撃ち殺していくフォックスさんは、手応えがないことにつまらなさを感じ始めているのだろう。



私たちを追い払う為にほとんどの人が外へ出てきてしまったのか、建物内にそう多くの人がいる気配はない。


……これなら2人でも大丈夫だろう。



「分かりましたわ。くれぐれも気を付けてくださいまし」



私たちはフォックスさんに敵の足止めを頼み、建物へと更に近付いていく。




そこで私はふとアリスの変化に気付いた。



「アリス、顔色が悪くありませんこと?」


「え?」


「…少し、脅えているようですわ」



立ち止まってアリスの手を握る。震えてはいないものの、びっしょり汗をかいていた。



アリスは武装した男達相手に武器無しで戦いっぱなしなのだから、そろそろ疲れと恐怖が襲ってきていても不思議ではない。
「休憩しましょう。無理に事を早く進める必要はありませんわ」


「…大丈夫よ。人が死ぬところを見るのに慣れていないだけ」


「えっ…?」