マイナスの矛盾定義

――……次の瞬間、フォックスさんは遠くの方を見て顔色を変えたかと思うと、私の腕を力強く引っ張り瓦礫の陰に身を隠した。


壁に背を当て、私を庇うように抱き締めてくれている。


ドドドドドドドッ――…と勢い良く銃弾が雨のように降り注ぐ。遠くから狙われているようだ。瓦礫が身を守ってくれているが、少しでも動けばどうなるか分からない。




単純に怖いと思った。盗みが得意と言っても、ここまで武装した連中を相手にしたことはない。それに、こんな任務だと思ってなかった。


私1人なら、今ので死んでいたかもしれない。



「どうします!?」



大声で聞いてみたものの、私の声は銃弾の音で掻き消された。


と思ったがフォックスさんにはしっかり聞こえていたようで、フォックスさんは答えた。



「おれ1人ならどうにでもできるんだが…この人数となるとな」


「…それ、遠回しに私が足手まといだって言ってます?」



なかなか失礼なことを言ってくれる。


守らなければならない人間がいるとそっちにも気を配らなくてはいけないのは、確かにそうだけれど。



「舐めないでくださいまし。こちらだって戦闘にはそれなりの自信が…」


「やめておけ、向こうは威嚇してるだけだ。そのうち収まる」
フォックスさんの言う通り、暫くすると銃撃は収まり静かになった。



少し離れたところへ移動し、身を隠す。物陰から向こうの様子を観察していると、さっきよりも多くの人が動いているのが分かる。



「金の在処の目星はついてるのか?あんたさえこっそり金を持ち出してくれるなら、それまでこの連中はおれが相手する」


「ついていますけれど…ほら、上の階にある左奥の部屋なんか怪しいですわよね。でも、さすがこちらの存在に気付いているだけあって警戒レベルが高いですわ。あの部屋の周りに人が集まってきています。それにいくらあなたでも1人で犯罪組織の人間、しかもこの数を相手するのは至難の業なのでは?」



フォックスさんはぐぬう、と悔しそうな表情をする。


先程の動きからしてフォックスさんが強いことに疑いの余地はないけれど、向こうは武装しているのに対し、フォックスさんは軽めの武器しか持っていない。戦っている間に別の敵から遠隔射撃でもされたら終わりだ。



「増員しますわ。任務内容に記載されていなかった予想外の事態ですもの」



携帯電話を取り出し、誰に連絡しようか考える。バズ君は…とりあえずだめだ。


じゃあ誰に…はっ…私、友達いないんでしたわ!どうしましょう。



…ここは不本意ですがアリスに…。


たしかアリスは外出禁止にされていたけれど、アリスを通して誰か他のメンバーを呼んでもらうことは可能だろう。


アリスなら事情を知っているから、バズ君をよこしてくることもないだろうし。



アリスはあまり携帯を使わないし持っていないことも多いから繋がるかどうか分からないけれど、とりあえずかけてみることにした。




数回のコール音の後、アリスの声が電話の向こうから聞こえてきた。



『…もしもし?どうしたのよ、珍しいわね』


「今任務中なのですけれど、誰か呼んでくれませんこと?」


『え、何よ、大丈夫?』


「少々厄介な状況ですわ。敵がかなりの数ですの」



場所と任務内容だけ伝え、すぐに電話を切った。


仲間が来るまで、早くあの建物から距離を置かなければならない。
中にいたらしい人々がぞろぞろと外へ出てくる。


この数がどうやってあの建物に入りきったのが不思議になるくらいだ。


このまま暴れまくって多くの人を外に出し、がら空きになった建物内を捜索するというのも1つの手ですけれど…それも仲間が来てからの方が安全だろう。




「お前らか、侵入者は!」



……まだ建物の周りを回っていただけで侵入したわけではありませんのに、野蛮な方々ですわね。


今のところこの近くまで来ているのは数名。これなら相手にできる。



持っていた拳銃で容赦なく急所を狙い、撃ち殺していく。


フォックスさんも近くに来た男を殴り飛ばし、同時に武器を奪って撃つ。


……え、この人まさか軽めの武器すら持ってない…?任務だってのに手ぶらで来ましたの?


信じられない、なんて思っていると銃弾が私の足首を掠めた。


「……ッ、」

「おい、気を付けろ!」



それを見たフォックスさんが注意を促す。



「問題ありませんわ、この程度の怪我慣れっこですのよ」



足を狙ったのは私たちを逃がさないためだろう。少々痛むが走れない程ではない。



「キリがないな、次から次へとやってきやがる…反撃せず逃げることに専念した方が無難か」



フォックスさんはうまく瓦礫や物陰を利用して銃弾を避けているが、私はさっきから腕や腰を掠められてばかりだ。


避けてはいるものの、完全に当たらないようにできるほど素早くはない。
「おい、さっきからスピードダウンしてるぞ。それに右足を庇って走ってる」


「るっさいですわ。追いつかれてはいないのですから文句言わないでくださいまし」


「そんなペースなら追いつかれるのも時間の問題だ。…仕方ないな」


「え?ひゃあっ!」



急に私を抱き抱えたフォックスさんは、さっきよりも速く走り出した。


私の走る速さに合わせてくれていたのだ、随分と速くなった。



「こっちを撃ってきそうな奴がいれば撃ち殺せ。俺は走ることにだけ集中する。頼んだぞ」


「わ、分かりましたわ」



フォックスさんの肩越しに後ろを見て、言われた通り、こちらに銃口を向ける素振りを見せた奴らを撃っていく。



しっつこい連中ですわね…。どこまで追って来る気なんですの、結構離れたはずですのに。



このペースで消費していると弾がなくなってしまいそうだ。こんな戦闘になると思っていなかったからそこまでの準備はしていない。


早く加勢に来てもらわないとまずい。でもさっき電話したばかりだし、到着にはまだ時間が掛かるだろう。



「フォックスさん、近くに隠れられるような場所はありまして?」


「場所ならあるが、連中の目をくらまさない限り隠れられないだろうな」


「分かりましたわ。…今は1個しかありませんし、もしもの時のためにこれはとっておきたかったのですけれど…仕方ないですわね」



私は煙玉を太股に巻いていた武器セットから取り出し、連中に向かって投げた。煙が一面に広がり、男達が「なんだ!?」と驚きの声を上げる。
フォックスさんはひゅうと口笛を吹いて、男達が戸惑っている隙にまたスピードを上げ、壊れかけの建物の中に私をおろした。




姿勢を低くして声を殺していると、暫くしてどたどたと男達が走り過ぎていくのが分かった。



「どこだ!?」

「そう遠くへは行っていないはずだ、走れ!」



ふう……なんとか追っ手をまけたようですわね。


シャロン様からもらった即効性のある塗り薬を傷口に塗りながら、壁に背中を預けた。



「仲間が来るまではここで休みましょう。あなたも体力を消耗しましたでしょうし」