……それでも遠く感じるのは、あんな話を聞いたからだろうか。
ああ、やっぱり。やっぱり気になる。
シャロンにも何か事情があるのかもしれないし、聞かないでおこうとは思ってたけど。
「…シャロン、私に隠してることはない?」
布団の中から、顔だけをシャロンの方へ向けて聞いた。少しの勇気が必要だった。
「ジャックに何か言われたの?」
すぐに返ってきたのはそんな返答。
予想とは違いいつも通りの調子で聞き返してきたので、こっちが戸惑ってしまう。
「言われたっていうか…」
「如月が元幹部だったって話ぃ?」
「え、」
言うよりも先に言われてしまい、短く驚きの声が出た。
それを肯定と受け取ったのか、シャロンは「それかぁ」と頷いた。
「別に言う必要ないと思っていってなかったんだけど。アリスがこの組織に来た時、如月はまだいたよ。研究にも関わってなかった」
「そう…なの」
「如月があの研究に関わり始めたのは、アリスがこの組織に来てから。俺がアリスを拾ってきたことによって、アリスみたいな不老不死の存在を如月が知っちゃったんだよねぇ」
それから中心人物と言われるまでに上り詰めたってこと…?凄い人なのね、こんなこと思いたくないけど。
「それで、その後は…?」
「俺が如月を組織から追い出した。あいつのアリスへの関心はちょおっと異常だったからさぁ。アリスに危害が及ぶ可能性も十分あったしぃ」
そうなのね…。シャロンは、たった数年であの研究の中心人物になれるような天才的頭脳を持ったメンバーを追放してまで、幼い私を守ってくれたんだ。
「早く言っておいた方が良かったならごめんねぇ?」
シャロンが珍しく謝ってくることにも驚きだ。
なんだ…ジャックがあんなこと言うから、変に邪推しちゃってたわ。単に言う必要がないと思って言ってなかっただけじゃない。
「俺もお風呂入ってくるから先寝といていいよぉ。今日は疲れたでしょ?」
本当に、今は随分機嫌が良い。いつもなら先に寝たらお仕置きするだのなんだの言うのに。
少しの間だったけど、久々に外で買い物ができて嬉しかったのかしら。
「分かったわ。おやすみなさい」
私はバスルームに入っていくシャロンの背中にそう言って、すっきりとした気持ちで目を瞑った。
―――――――…誰かが話している。
「余計な動きしないでくれるぅ?」
シャロン…?お風呂から上がったのね。
「… …探ってるよねぇ?こっちのこと」
誰かと電話してる…?誰と…?
「…… …、 」
ああ、だめだ、眠い。
「――お前に教えるつもりはないよ。もちろん本人にもねぇ」
気になって起きようと思ったものの再び眠気が襲ってきて、意識が朧気になり、私は眠った。
――翌朝、クリミナルズ本拠地廊下。
「キャシー」
聞き慣れた声に呼ばれ、心臓が嫌な音を立てた。
振り返ろうとして躊躇い、でもやっぱり振り返った。
そこに立っているのは、ボサボサの黒髪をした、髭の似合う落ち着いた雰囲気の男性。
きちんとお洒落をしたら格好良くなるだろうに、本人は自分を着飾ることに興味がない。
「…どうしましたの、バズ君」
自分に好意を抱いているかもしれない腹違いの兄に、どう接するべきなのかまだ分からない。
でもバズ君は当然そんな私の気持ちなんて知らないわけで、
「どこ行くの?」
なんでもない調子でいつも通り話し掛けてくる。
これは…部屋の掃除を頼みたい時の声ですわね。
おそらくここで特に目的もなく歩いていると言えば散らかった部屋に連れて行かれるのだろう。お決まりのパターンだ。
……でも、今日の私には用事がある。
「デートに行くんですわ」
「デート?」
そんな相手いるのか、とでも言いたげな疑いの眼差しがこちらに向けられる。失礼な。いや、実際そんな相手いないんだけど。
「フォックスさんと少し出掛けてきますの。私、シャロン様ばかり見ていて他の異性に目を向けてこなかったでしょう?フォックスさんは素敵な方ですし、多少はそういった経験も必要かと思いまして」
嘘だ。フォックスさんのことはそもそもあまり知らない。最近この組織に入ってきた得体の知れない男でしかない。
出かけるのは事実だけれど、デートではなく任務で、だ。
「…ふうん」
バズ君はそれだけ言って去っていった。
その残念そうな顔には、“なんだ…掃除してもらえないのか”と書いてあった。
―――
―――――――
それにしても本当に、フォックスさんとはどういう人なんだろうか。
シャロン様が新入りを私と組ませるのは珍しいこと…というか、私レベルの犯罪者に与えられるような仕事に対応できる新人なんて滅多にいない。
それほど見込みのある方ということなのですかしら、と少し楽しみにしながら待ち合わせ場所に着くと、私よりかなり年上であろう金髪碧眼の男が立っていた。
この人がフォックスさん…ひょろっとしているようにも見えたが、よく見たら筋肉質ですわね。随分と鍛えているみたい。
と、フォックスさんの方もじっと私を見てくるので首を傾げた。
「どうしまして?」
「あんた、いつもゴシックファッションの子だろ?普通の格好もできるのかと思ってな」
…よく観察していらっしゃる。カフェにいる時にでも見られたんでしょうか。
いつもとは違い、今はジーパンにTシャツにカーディガンといったシンプルな服装だし、動きやすいようにスニーカーを履いている。我ながら珍しい格好だ。
「そりゃ、できればどんな時にも着ていたいですけれど、ここじゃ目立ちますもの。それくらいわきまえていますわ」
そう言ってちらりと周りを見た。
この辺り一帯が荒廃している。もう使われていないであろうボロボロの建物が並び、人が住んでいる気配はほぼない。
その奥に、比較的大きな建物がいくつかあるのが見える。
「どっかの集団が人身売買で得た金をあそこに貯めているらしいな」
情報によるとそれもかなりの大金だとか。
そのお金を横取りして私たちの組織の金にするというのが、今回の任務だ。
「早くいつもの服装に着替えたいですし、さっさと行きましょうか。…正直、気付かれないように近付くという意味ではあなたは邪魔なのですけれどね。大柄ですし、警戒されやすいですもの」
この手の仕事は1人でする方が楽に済みますのに…面識のない人と協力して行うよりは。
「そう言うな。この辺りのマップは把握してないんだろ?下手に1人で動くのは危険だ」
「事前調査なしでも金の在処を嗅ぎ付けるのには自信がありますけれど、…問題はどこにどれだけの人がいるかですわ。確かに、場合によってはあなたに手伝ってもらわなければいけませんわね」
「報酬分の働きはする」
「当然、そうしてもらわないと困ります。とりあえずぐるっと回ってあの建物の様子を窺いましょう」



