そういう問題じゃねぇ。アリスが俺らの行動を把握してるわけでもねぇのに下手に動けば、アリスの邪魔になるかもしれねぇだろうが。
それに、俺らが日本の研究関係者を始末したら日本とこの国との国際関係にも影響する。
「逆にお前は、マーメイドプランの全てが悪い研究だと思うのか?人間なんて元々自分たちの利益のために他の動物を使って研究を繰り返してる奴らだ。今回実験動物が人間だったってだけでな。何が違うんだよ。メリットがあるから研究してるんだろ」
遊び心でそんなことに手を出すなという警告も込めて言った。
止めねぇとは言ったが、これは釘を刺しておいた方がいいだろう。
……が、まぁ、こいつはこんなこと言ったって引き下がらねぇんだろうな。
「マーメイドプランが正しいか正しくないかなんて関係ないよ。“僕が”気に入らないから干渉したいだけ」
ったく、嫌になる。
「マーメイドプランの存在がアリスちゃんを苦しめてるなら、善悪なんて関係なく潰してやりたいと思うよ」
――ラスティとはたまに嫌になるほど気が合うのだから、何か運命的なものすら感じるのだ。
見据える俺と、平然とした態度でこちらを見ているラスティ。
どうせ言っても聞かない。それに俺だって、そういうラスティであることをこの件に関しては期待している。
「…分かったよ。準備が出来次第出発する」
「そうこなくっちゃ」
ラスティはにやりと片方の口角を上げ、椅子の背もたれに体を預けた。
「そっちはどうするつもりだ?」
「僕は研究に携わる。スパイとして、ね。外部からじゃ証拠なんてなかなか手に入らないから」
「…お前さ、なんでそこまでする?」
俺の問いにきょとんとしたラスティは、暫しの沈黙の後考えるような素振りを見せた。
こいつは退屈が嫌いだ。単純に休暇中暇だから何かしたいだけかもしれねぇが、それにしてはいつにも増して大がかりであることに自分では気付いてないんだろうか。
「なんでって言われてもなぁ…。なんていうか、僕、あの玩具は嫌いじゃないみたい」
「オモチャ?」
「アリスちゃんのこと。自分のオモチャは仲間内で扱いたいっていうか、僕ら以外の人間に傷付けさせたくないんだよね。見ず知らずの奴らに触れさせたくないじゃん?アリスちゃんが泥だらけの手で触られる気分」
要するに屈折した独占欲か。その感覚はよく分からないが、言いたいことは分かる。ラスティらしいっちゃラスティらしい。
動機がなんであれ、ラスティがベル以外の誰かを守りたいと思うのは大きな成長だ。いいことじゃねぇか。
俺はふうっと息を吐きラスティに差し出されたクッキーを受け取った。
私的な理由で日本に行くなんてことは休暇中じゃなけりゃなかなかできねぇし、やるなら今回が最後になる。どんな形であれアリスのサポートがしたい。
俺の手は誰かを殺すためだけのものじゃねぇんだ。
「これ、結構うまいな」
ホテルのクッキーを食べながら、これからまた忙しくなるであろうことを予期した。
――某日、海辺の小さな町。
施設を建て直すにあたり、どこか別の場所で泊まらなければならなくなったので、首都圏から離れ過ごしやすい海沿いの旅館に泊まることにした。
私はエリックに連れられてきたのだが、元気のなさそうなお兄ちゃんも気になったので一緒に連れてきた。
といっても部屋は別々で、お兄ちゃんはずっと部屋に閉じこもっている。食事はちゃんと取っているようだが、話し掛けてもぼーっと外の景色を眺めていることが多い。
確かにここからの景色は海が広がっていて綺麗だけど…お兄ちゃんは一体どんな考え事をしているんだろう。ちょっと心配だ。
ふと物音がしたので隣を見ると、エリックがこちらに近付いてきていた。
「お仕事終わったんですか」
「あぁ」
あ、仕事モードがまだ抜けてない時の顔だ。声のトーンでも分かる。
ちゃんと息抜きさせてあげないといけない。
「外へ出ませんか?こんな場所へ来ることなんてめったにありませんし」
「あぁ、そうだな」
エリックは柔らかく微笑んだ。いつもそうやって大人しくしてれば格好良いのに。
海岸に出れば、この季節だからか人はあまりいなかった。
遠くにマリンスポーツをやっている人がいるが、それも数人だ。
「この海岸は漂着物が多いですね」
まだ開封されていない飴が落ちている。商品名は読めない。
「この文字…何語でしょう?」
「隣の国の文字だな」
はるばる流れてきたのかと感心した。
「当たり前のことですけど、海って繋がってるんですね」
物が流れ着くほど近くに他国があるという実感は普段湧かないから、不思議な気持ちがする。
「なぜ国は人体実験をしなければならないような研究を支援するんだろうな」
エリックがぽつりと放った言葉は、私も疑問に思っていたことだった。
投資する価値があると思っているから投資するのだ。国民に隠してまで。
不老不死を生み出す研究といっても抽象的だ。具体的に国がマーメイドプランをどう利用しようとしているのか、想像がつかない。
でも、それでアリスさんのような望まない犠牲者が出るなら…。
「私がアリスさんに同情してしまったと言ったら怒りますか」
「うん?」
「今回の襲撃のことを予想できていたのに何もしなかったと言ったら、怒りますか」
「そんなことで怒るか」
「チャロさんでも降格させたのにですか?」
「あいつには気持ちの整理をする時間が必要だと思ったんだ」
「私にも必要だとは思わないんですか?」
エリックは私の質問に黙り込んだ。
アリスさんのことを可哀想だと思う自分が間違っているとは、今も思わない。
恩人の組織でスパイ行為をした女性を敵視できない自分を罰してほしいのに。
「…そうだな。私は私情を挟んでしまっているのかもしれない。お前のこととなるとどうも判断力が鈍る」
エリックは頭を掻きながら言った。
「…この機に言っておきたいことがあるんだ」
「なんです?」
「その………」
「はい」
「……私は、」
「はい」
「お前が…」
「…私がなんでしょう?」
「お前のことが……」
「……」
この人まさか。
「す…」
まさか今更私に好意を表明しようとしているんだろうか。
「…す……」
今更、そんな改めて言わなくてもバレバレなことを。
「お酢がどうしました?」
「…は?」
「そういえば、昨日の夕食に出た酢の物はおいしかったですね」
「あ、あぁ…そうだな」
赤い顔を隠すように口元に手を当てているエリックを見て、少し罪悪感がした。
思わずとぼけてしまった…。
少し、というかかなり不自然なとぼけ方だったと我ながら思い、念のためもう少しまともな方向に話を逸らしておく。
「ところで、新しい施設の案、どれを採用したんですか?」
それに、俺らが日本の研究関係者を始末したら日本とこの国との国際関係にも影響する。
「逆にお前は、マーメイドプランの全てが悪い研究だと思うのか?人間なんて元々自分たちの利益のために他の動物を使って研究を繰り返してる奴らだ。今回実験動物が人間だったってだけでな。何が違うんだよ。メリットがあるから研究してるんだろ」
遊び心でそんなことに手を出すなという警告も込めて言った。
止めねぇとは言ったが、これは釘を刺しておいた方がいいだろう。
……が、まぁ、こいつはこんなこと言ったって引き下がらねぇんだろうな。
「マーメイドプランが正しいか正しくないかなんて関係ないよ。“僕が”気に入らないから干渉したいだけ」
ったく、嫌になる。
「マーメイドプランの存在がアリスちゃんを苦しめてるなら、善悪なんて関係なく潰してやりたいと思うよ」
――ラスティとはたまに嫌になるほど気が合うのだから、何か運命的なものすら感じるのだ。
見据える俺と、平然とした態度でこちらを見ているラスティ。
どうせ言っても聞かない。それに俺だって、そういうラスティであることをこの件に関しては期待している。
「…分かったよ。準備が出来次第出発する」
「そうこなくっちゃ」
ラスティはにやりと片方の口角を上げ、椅子の背もたれに体を預けた。
「そっちはどうするつもりだ?」
「僕は研究に携わる。スパイとして、ね。外部からじゃ証拠なんてなかなか手に入らないから」
「…お前さ、なんでそこまでする?」
俺の問いにきょとんとしたラスティは、暫しの沈黙の後考えるような素振りを見せた。
こいつは退屈が嫌いだ。単純に休暇中暇だから何かしたいだけかもしれねぇが、それにしてはいつにも増して大がかりであることに自分では気付いてないんだろうか。
「なんでって言われてもなぁ…。なんていうか、僕、あの玩具は嫌いじゃないみたい」
「オモチャ?」
「アリスちゃんのこと。自分のオモチャは仲間内で扱いたいっていうか、僕ら以外の人間に傷付けさせたくないんだよね。見ず知らずの奴らに触れさせたくないじゃん?アリスちゃんが泥だらけの手で触られる気分」
要するに屈折した独占欲か。その感覚はよく分からないが、言いたいことは分かる。ラスティらしいっちゃラスティらしい。
動機がなんであれ、ラスティがベル以外の誰かを守りたいと思うのは大きな成長だ。いいことじゃねぇか。
俺はふうっと息を吐きラスティに差し出されたクッキーを受け取った。
私的な理由で日本に行くなんてことは休暇中じゃなけりゃなかなかできねぇし、やるなら今回が最後になる。どんな形であれアリスのサポートがしたい。
俺の手は誰かを殺すためだけのものじゃねぇんだ。
「これ、結構うまいな」
ホテルのクッキーを食べながら、これからまた忙しくなるであろうことを予期した。
――某日、海辺の小さな町。
施設を建て直すにあたり、どこか別の場所で泊まらなければならなくなったので、首都圏から離れ過ごしやすい海沿いの旅館に泊まることにした。
私はエリックに連れられてきたのだが、元気のなさそうなお兄ちゃんも気になったので一緒に連れてきた。
といっても部屋は別々で、お兄ちゃんはずっと部屋に閉じこもっている。食事はちゃんと取っているようだが、話し掛けてもぼーっと外の景色を眺めていることが多い。
確かにここからの景色は海が広がっていて綺麗だけど…お兄ちゃんは一体どんな考え事をしているんだろう。ちょっと心配だ。
ふと物音がしたので隣を見ると、エリックがこちらに近付いてきていた。
「お仕事終わったんですか」
「あぁ」
あ、仕事モードがまだ抜けてない時の顔だ。声のトーンでも分かる。
ちゃんと息抜きさせてあげないといけない。
「外へ出ませんか?こんな場所へ来ることなんてめったにありませんし」
「あぁ、そうだな」
エリックは柔らかく微笑んだ。いつもそうやって大人しくしてれば格好良いのに。
海岸に出れば、この季節だからか人はあまりいなかった。
遠くにマリンスポーツをやっている人がいるが、それも数人だ。
「この海岸は漂着物が多いですね」
まだ開封されていない飴が落ちている。商品名は読めない。
「この文字…何語でしょう?」
「隣の国の文字だな」
はるばる流れてきたのかと感心した。
「当たり前のことですけど、海って繋がってるんですね」
物が流れ着くほど近くに他国があるという実感は普段湧かないから、不思議な気持ちがする。
「なぜ国は人体実験をしなければならないような研究を支援するんだろうな」
エリックがぽつりと放った言葉は、私も疑問に思っていたことだった。
投資する価値があると思っているから投資するのだ。国民に隠してまで。
不老不死を生み出す研究といっても抽象的だ。具体的に国がマーメイドプランをどう利用しようとしているのか、想像がつかない。
でも、それでアリスさんのような望まない犠牲者が出るなら…。
「私がアリスさんに同情してしまったと言ったら怒りますか」
「うん?」
「今回の襲撃のことを予想できていたのに何もしなかったと言ったら、怒りますか」
「そんなことで怒るか」
「チャロさんでも降格させたのにですか?」
「あいつには気持ちの整理をする時間が必要だと思ったんだ」
「私にも必要だとは思わないんですか?」
エリックは私の質問に黙り込んだ。
アリスさんのことを可哀想だと思う自分が間違っているとは、今も思わない。
恩人の組織でスパイ行為をした女性を敵視できない自分を罰してほしいのに。
「…そうだな。私は私情を挟んでしまっているのかもしれない。お前のこととなるとどうも判断力が鈍る」
エリックは頭を掻きながら言った。
「…この機に言っておきたいことがあるんだ」
「なんです?」
「その………」
「はい」
「……私は、」
「はい」
「お前が…」
「…私がなんでしょう?」
「お前のことが……」
「……」
この人まさか。
「す…」
まさか今更私に好意を表明しようとしているんだろうか。
「…す……」
今更、そんな改めて言わなくてもバレバレなことを。
「お酢がどうしました?」
「…は?」
「そういえば、昨日の夕食に出た酢の物はおいしかったですね」
「あ、あぁ…そうだな」
赤い顔を隠すように口元に手を当てているエリックを見て、少し罪悪感がした。
思わずとぼけてしまった…。
少し、というかかなり不自然なとぼけ方だったと我ながら思い、念のためもう少しまともな方向に話を逸らしておく。
「ところで、新しい施設の案、どれを採用したんですか?」



