ラスティは部屋のポットで湯を沸かしながら鼻歌を歌っている。休暇という珍しい状況を楽しんでいるんだろうか。
考えてみれば、休暇なんて貰っても、外部にわざわざ会いに行くような間柄の奴がいるわけでもない。暇だ。仕事がしたい。
「ここって結構いいホテルだったよね?」
「ん?あぁ」
茶を入れたコップを俺に渡しながらそう聞いてきたラスティは、自分のコップを持って俺の反対側の椅子に座った。
「ならいけるかな。尾行された様子もないし、盗聴器の類がないかはさっきチェックしたし」
確かに、普段よりはそういうことを気にした方がいいだろう。リバディーが襲撃を受けあの施設がもう使えないことは大きなニュースになっている。俺達に悪意を持った連中が混乱に乗じて何か仕掛けてこないとも限らない。
ラスティは茶を一口飲み、コップをテーブルに置いた。
「いきなり本題に入るけど、いい?」
いつもとは違い真剣な声音だ。何か真面目な話があるんだろう。「あぁ」と短く返事してコップを置いた。
「僕、あの日、9階でクリミナルズのリーダーと直接喧嘩して、火の中にそいつの腕を突っ込んだんだ」
「へぇ」
「その時何を見たと思う?」
「焼けただれた腕か?」
「だったら良かったんだけどね。…もっと良いもの見れちゃった」
ラスティは常に顔面に貼り付けてある気色の悪い笑みを深めた。
「あいつの腕、――――――」
「………は?」
ラスティの言葉に、俺は耳を疑った。
「あ、そいつもマーメイドプランを支援してるっぽいって話したっけ?アリスちゃんは全く気付いてないみたいだけど。証拠がないから僕がどれだけ言ったって信じてくれないだろうし」
おいおいおい…話が込み入ってきたな。
「ただ支援してるだけかと思ってたけど、かなり深く関わってると考えるのが妥当かなー。…あ、クッキー入ってる」
ラスティはテーブルに置いてあった箱を開けて、にこにことその中からクッキーを取り出す。そういやそのクッキー、このホテルの土産屋に売ってたな。うまかったら買うか……ってそうじゃねぇんだよ。
アリスは雇い主までそんなとち狂った人間なのか?なかなかの逆境だな。
にしても、そこまで本気で研究に加担する動機が分からない。
単に研究を進めたいだけなら手元にいるアリスをすぐにでも研究の関係者に差し出してるだろ。
……アリスも大事で、でも研究も大事ってことか?
「それと、もう1つ」
ラスティが楽しそうに人差し指を立てる。
「アリスちゃんてさ、ぶらりんがファーストキスなんだって」
「……ほぉ」
「もー、怖い顔しないでよ。本題はそっちじゃなくて、アリスちゃんとは随分長いはずのヤブ医者がアリスちゃんにキスすらしてないってことだよ。手を出さない理由があるって思わない?僕、てっきりヤブ医者はアリスちゃんに恋愛感情があると思ってたんだけどな」
敵組織のリーダーをヤブ医者呼ばわりかよ…。
「んで?」
「いや、特にオチはないんだけど、意外と恋愛感情は持ってないのかなって。僕としてはこれが一番驚きなんだよね。罪悪感から手が出せてないのかな…。……つってもそんなキャラか…?」
後半はぶつぶつ独り言のように言っていてあまり聞き取れなかったが、この際そいつとアリスの関係がどうであろうと関係ない。
「率直に聞く。お前の考えでいい。
――そいつはアリスの敵か?」
これだけ答えてくれりゃいい。
「…あいつの目的については見当がついてるよ。僕の予想が合ってれば、あいつが今後アリスちゃんの害になることは間違いないね」
その見当とやらがどんなものなのかは、こいつのことだからまだ教えてくれないんだろう。
ラスティはじっと俺を見て問うた。
「どうする?アリスちゃんを助ける?」
随分とあっさりスパイだった人間を助けるとかいう発想が出てくるんだな。一応敵だってのに。
……まぁ、俺の言えたことじゃねぇけど。
「直接的な手助けはできねぇ。捕まえるどころか手助けするってのは組織を裏切ってるのと同じだ。それに、求められたわけでもねぇのにアリスの問題に手を出す気はねぇよ。お前もやめとけ。あいつに協力するとしても、組織の力は借りれねぇ。完全に個人として動くことになる」
そう、“直接的な”手助けはしない。証拠もねぇのに大胆な動きはできない。
ただ…あいつの気付かないうちにあいつが利用されているのだとしたら、何もせず放っておくつもりはない。
水面下で研究の情報やクリミナルズのリーダーの情報を集めることくらいはできるだろうが、それにラスティを巻き込むわけにもいかねぇ。
そう思ってわざと突き放すように言ったつもりだったが、ラスティはくすっと不気味に笑い、頬杖をついた。
「――だからなに?」
あー…そうだった。こいつはこういう奴だ。
「悪いけど、僕には自分の行動を制限すべきだと思えるほどの組織への忠誠心なんて塵ほどもないよ。僕がしたいからそうする、それじゃダメなの?大勢だろうが1人だろうが、うまくやれる自信はあるしね」
…ったく…バレてチャロみたく降格させられても知らねぇぞ。下手すりゃ組織をやめさせられる可能性だってあるってのに。
ラスティみたいな奴が組織にいていいのかとも思うが、こういう何人にも囚われずただ楽しさのみを求めて生きている奴の方が、ある意味強いのかもしれない。
「それに今回アリスちゃんが研究所の連中に奪われなかったのは、えりりんの交渉力のおかげだと思うんだよね。えりりんなりに考えてるんじゃないかな。ほら、元々正義感強い人でしょ?まだ若い女の子が残虐な研究の犠牲になってるって知っただけでも揺らいでると思うよ。“国がこんなことでいいのか”って」
確かにそれはあり得るだろう。
あの人はか弱い存在に哀れみを向けやすい。
とはいえ一応は国と協力関係にある組織のトップだ。俺達の行動を許すはずがない。…優秀組引退の日は近いかもな。
「お前がしてぇなら止めねぇ。今後どうするかはもう決めてるんだろ?」
「うん。でも1人より2人の方が早い。二手に分かれたいんだ」
なるほど、だから俺に話したのか。
「具体的には?」
「アランは日本の要人のどれくらいがマーメイドプランに関わっているのか調べて」
随分簡単に言ってくれるな。できねぇわけでもねぇけど…。
「この短期間じゃ全員は確認しきれねぇぞ」
「主要な人間から調べていってくれたらいいよ」
「なんのためにそんなことする?」
「潰す人間の大体の数は把握しておきたいから」
こいつの後先考えず遊び心で実行に移そうとする癖はどうにかならねぇのか。
「クリミナルズのリーダーが研究に関与している証拠さえアリスに提示できたらそれでいいだろ。あとはあいつの決めることだ」
「ふーん、意外。アランはあんな研究を放っておけるんだ」
考えてみれば、休暇なんて貰っても、外部にわざわざ会いに行くような間柄の奴がいるわけでもない。暇だ。仕事がしたい。
「ここって結構いいホテルだったよね?」
「ん?あぁ」
茶を入れたコップを俺に渡しながらそう聞いてきたラスティは、自分のコップを持って俺の反対側の椅子に座った。
「ならいけるかな。尾行された様子もないし、盗聴器の類がないかはさっきチェックしたし」
確かに、普段よりはそういうことを気にした方がいいだろう。リバディーが襲撃を受けあの施設がもう使えないことは大きなニュースになっている。俺達に悪意を持った連中が混乱に乗じて何か仕掛けてこないとも限らない。
ラスティは茶を一口飲み、コップをテーブルに置いた。
「いきなり本題に入るけど、いい?」
いつもとは違い真剣な声音だ。何か真面目な話があるんだろう。「あぁ」と短く返事してコップを置いた。
「僕、あの日、9階でクリミナルズのリーダーと直接喧嘩して、火の中にそいつの腕を突っ込んだんだ」
「へぇ」
「その時何を見たと思う?」
「焼けただれた腕か?」
「だったら良かったんだけどね。…もっと良いもの見れちゃった」
ラスティは常に顔面に貼り付けてある気色の悪い笑みを深めた。
「あいつの腕、――――――」
「………は?」
ラスティの言葉に、俺は耳を疑った。
「あ、そいつもマーメイドプランを支援してるっぽいって話したっけ?アリスちゃんは全く気付いてないみたいだけど。証拠がないから僕がどれだけ言ったって信じてくれないだろうし」
おいおいおい…話が込み入ってきたな。
「ただ支援してるだけかと思ってたけど、かなり深く関わってると考えるのが妥当かなー。…あ、クッキー入ってる」
ラスティはテーブルに置いてあった箱を開けて、にこにことその中からクッキーを取り出す。そういやそのクッキー、このホテルの土産屋に売ってたな。うまかったら買うか……ってそうじゃねぇんだよ。
アリスは雇い主までそんなとち狂った人間なのか?なかなかの逆境だな。
にしても、そこまで本気で研究に加担する動機が分からない。
単に研究を進めたいだけなら手元にいるアリスをすぐにでも研究の関係者に差し出してるだろ。
……アリスも大事で、でも研究も大事ってことか?
「それと、もう1つ」
ラスティが楽しそうに人差し指を立てる。
「アリスちゃんてさ、ぶらりんがファーストキスなんだって」
「……ほぉ」
「もー、怖い顔しないでよ。本題はそっちじゃなくて、アリスちゃんとは随分長いはずのヤブ医者がアリスちゃんにキスすらしてないってことだよ。手を出さない理由があるって思わない?僕、てっきりヤブ医者はアリスちゃんに恋愛感情があると思ってたんだけどな」
敵組織のリーダーをヤブ医者呼ばわりかよ…。
「んで?」
「いや、特にオチはないんだけど、意外と恋愛感情は持ってないのかなって。僕としてはこれが一番驚きなんだよね。罪悪感から手が出せてないのかな…。……つってもそんなキャラか…?」
後半はぶつぶつ独り言のように言っていてあまり聞き取れなかったが、この際そいつとアリスの関係がどうであろうと関係ない。
「率直に聞く。お前の考えでいい。
――そいつはアリスの敵か?」
これだけ答えてくれりゃいい。
「…あいつの目的については見当がついてるよ。僕の予想が合ってれば、あいつが今後アリスちゃんの害になることは間違いないね」
その見当とやらがどんなものなのかは、こいつのことだからまだ教えてくれないんだろう。
ラスティはじっと俺を見て問うた。
「どうする?アリスちゃんを助ける?」
随分とあっさりスパイだった人間を助けるとかいう発想が出てくるんだな。一応敵だってのに。
……まぁ、俺の言えたことじゃねぇけど。
「直接的な手助けはできねぇ。捕まえるどころか手助けするってのは組織を裏切ってるのと同じだ。それに、求められたわけでもねぇのにアリスの問題に手を出す気はねぇよ。お前もやめとけ。あいつに協力するとしても、組織の力は借りれねぇ。完全に個人として動くことになる」
そう、“直接的な”手助けはしない。証拠もねぇのに大胆な動きはできない。
ただ…あいつの気付かないうちにあいつが利用されているのだとしたら、何もせず放っておくつもりはない。
水面下で研究の情報やクリミナルズのリーダーの情報を集めることくらいはできるだろうが、それにラスティを巻き込むわけにもいかねぇ。
そう思ってわざと突き放すように言ったつもりだったが、ラスティはくすっと不気味に笑い、頬杖をついた。
「――だからなに?」
あー…そうだった。こいつはこういう奴だ。
「悪いけど、僕には自分の行動を制限すべきだと思えるほどの組織への忠誠心なんて塵ほどもないよ。僕がしたいからそうする、それじゃダメなの?大勢だろうが1人だろうが、うまくやれる自信はあるしね」
…ったく…バレてチャロみたく降格させられても知らねぇぞ。下手すりゃ組織をやめさせられる可能性だってあるってのに。
ラスティみたいな奴が組織にいていいのかとも思うが、こういう何人にも囚われずただ楽しさのみを求めて生きている奴の方が、ある意味強いのかもしれない。
「それに今回アリスちゃんが研究所の連中に奪われなかったのは、えりりんの交渉力のおかげだと思うんだよね。えりりんなりに考えてるんじゃないかな。ほら、元々正義感強い人でしょ?まだ若い女の子が残虐な研究の犠牲になってるって知っただけでも揺らいでると思うよ。“国がこんなことでいいのか”って」
確かにそれはあり得るだろう。
あの人はか弱い存在に哀れみを向けやすい。
とはいえ一応は国と協力関係にある組織のトップだ。俺達の行動を許すはずがない。…優秀組引退の日は近いかもな。
「お前がしてぇなら止めねぇ。今後どうするかはもう決めてるんだろ?」
「うん。でも1人より2人の方が早い。二手に分かれたいんだ」
なるほど、だから俺に話したのか。
「具体的には?」
「アランは日本の要人のどれくらいがマーメイドプランに関わっているのか調べて」
随分簡単に言ってくれるな。できねぇわけでもねぇけど…。
「この短期間じゃ全員は確認しきれねぇぞ」
「主要な人間から調べていってくれたらいいよ」
「なんのためにそんなことする?」
「潰す人間の大体の数は把握しておきたいから」
こいつの後先考えず遊び心で実行に移そうとする癖はどうにかならねぇのか。
「クリミナルズのリーダーが研究に関与している証拠さえアリスに提示できたらそれでいいだろ。あとはあいつの決めることだ」
「ふーん、意外。アランはあんな研究を放っておけるんだ」



