アタシたちの本拠地の施設は、言わずもがなもう使用できない。壊されすぎたのだ。様々な思い出のある建物だが、残った分も取り壊し、同じ場所に新しく建て直すことになった。
ボスがニーナちゃんと共に帰国したのは、あの事件が終わった後だ。状況説明は優秀組の3人、そしてアタシに求められた。
陽がいないことに気付いたボスは、死んだとでも思ったのかそれに関してアタシに聞こうとしなかったが、あいつがスパイだったことはアタシから報告した。
施設の周囲は立入禁止となっているが、アタシたちリバディーのメンバーはボロボロになった施設の一階に召集され、いよいよ最後の集会が開始された。
「建物が新しくなるまで休暇とする。ただし、緊急呼び出しには必ず応答しろ」
今この場にはリバディーの構成員ほぼ全員が整列している。怪我の治療中でいない人間もいるが、こうもずらっと並んでいると目がちかちかする。特に今日はみんな私服なので服が揃っておらずカラフルだ。
「それと。“元”指揮官である陽のことは、もう広まっているんだろう」
ボスが初めてみんなの前でこの話題に触れた。
確かに、陽がスパイだったということはボスが今改めて言うまでもなく、凄まじい速さで組織中に広まった。…それほどこの組織の人間にとって陽の存在は大きかったのだ。
未だに信じられていない者、涙する者、憤怒する者。陽がいなくなった当初は混乱が続いた。陽は顔が広く、仲の良かった人達も少なくない。
「この休暇中に気持ちを切り替えろ。今後の任務に支障を来すな」
ボスの言葉は冷たくも聞こえるが、陽のことを可愛がっていた彼だって、きっと動揺したに違いない。
でもこんな時だからこそ誰かが冷静にみんなを引っ張らなくてはいけないのだ。
これ以上の混乱を招かないためにも。
「最後に1つ」
ボスは集会で話す時いつも短く終えるから、まだ続くのかと意外に思った。
なんだろうかと思って見ていれば、一瞬ボスと目が合い、瞬時に嫌な予感がした。
「――6階の指揮官であるチャロを左遷する」
周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。頭が真っ白になった。
え、…なに、それ。そんなのアタシ聞いてない。
「新しい指揮官については休暇後に伝える。解散」
あまりにもあっさりと告げられた降格の知らせに、動揺を隠せない。
どういうことですか、と叫びそうになったが、ボスはすぐにどこかへ行ってしまった。
最近のボスはいつも以上に多忙だ。アタシを個人的に呼び出して事前に指揮官をやめさせることを伝えられるほどのいとまはなかったのだろう。
でも、それにしたって…ちゃんとした説明もなしに。
「当然でしょ?僕は陽くんを捕まえるようメンバーの奴らを指揮してもらおうと思ってわざわざチャロに連絡したのに、指揮するどころか不意を突かれてやられたんだからさ」
「っ、」
気配なく近付いてきていたラスティ君が、うつむくアタシの横で言う。
「何で油断したのかな?相手が陽くんだから?僕ならたとえ付き合いの長いぶらりんでも、スパイ疑いがあるなら油断しないね。おおかた、甘言に惑わされたってところかな?好きだとでも言われた?」
ラスティ君の言葉がぐさぐさと心に刺さる。図星だから余計に。
ラスティ君の口元に浮かぶ笑みから、アタシを責め苛むことを愉しんでいるのだと分かる。
「馬鹿正直に全部報告するからこうなっちゃうんだよ」
ボスに虚偽報告をしろと言うのか。自分の地位のために?…そんなの、無理に決まってる。
「チャロは不器用だね。敵にほだされるなら、もっとバレないようにほだされないと」
アタシにだけ聞こえるように囁いてきたラスティ君は、まるで自分自身が敵である誰かにほだされたことがあるような口ぶりだった。
ラスティ君が去っていった後、言い知れぬ不安が襲ってきた。頭痛がする。
自信過剰かもしれないが、今まで優秀な指揮官であると自負していた。
でもそれは、陽とアタシの2人だったからかもしれない。
アタシは陽がいたから指揮官という立場になれたのかもしれない。
訓練生時代も、ずっと2人で頑張ってきたのに……。
…だめだ、こんなことを考えては。陽はスパイだったのだ。元から仲間じゃない。
ずきんずきんと痛む頭を押さえ、キャリーケースの持ち手を強く握って歩き出そうとした時。
「チャロ指揮官!」
振り向けば、見知った青年。最近成績を上げてきている、よく見かけるメンバーの1人だ。
「……もう指揮官じゃないよ」
名も無き構成員に逆戻りだ。少し寂しいが、考えてみれば、あのまま指揮官を続けても納得のいかない日々を過ごすことになっただろう。これで良かったんだ。
「…じゃあ、チャロ先輩。俺、チャロ先輩の指揮が好きでした」
青年の真っ直ぐな瞳は綺麗だった。
「適確に俺達を導いてくれたのはチャロ先輩です」
ああ…元部下にこんなことを言わせては駄目だ。気を遣わせては駄目だ。
陽を失ってショックを受けているのはアタシだけじゃない。
大きな変化に不安を感じているのはアタシだけじゃない。
「俺達と一緒に頑張りましょう。また俺達の指揮をしてください。ボスが昇格させざるをえないくらい、優秀な成績を収めてください」
その時、ちらほらと雪が降り始めた。
青年はハッと気付いたかのように顔を赤くし、「偉そうなこと言ってすいませんっ!で、では!」と言って走り去っていく。
若いな…と思い、自然にふっと笑ってしまった。
アタシは今度こそキャリーケースと共に歩き出した。
今もまだ陽がいないことに違和感を覚える。
あの馬鹿みたいな笑顔をもう隣で見られないと思うと胸が締め付けられる。
だけど季節は変わる。時は過ぎる。
陽のいた日々は遠ざかっていく。
アタシは1人になる。この先何があるか分からない。
怖いよ。…怖いけど。
髪を切ろう。
体を鍛えよう。
また始めよう。
大丈夫、
これから何度だって立ち向かっていける。
――某日、とある高級ホテル。
長期休暇、という言葉が相応しいのかは分からないが、こんな形で仕事が休みになるのはリバディーに入ってから初めてのことだ。
宿泊先の指定はされなかった。
この時期は新しい構成員を求める組織が多く、地方から来る奴らは試験に備えて少し前からホテルを取っている為この辺は満室が多い。
自分で探すのが面倒なのだろう、適当なホテルを探しているとラスティも付いてきた。
ラスティがいるということもあって飯のうまいホテルを探し、都心からは少し離れたところで泊まることになった。
「アラン、ベッドどっちにする?僕は窓際がいいなー」
「どっちでもいい」
「じゃあ僕窓際ね~」
ラスティはベッドの脇にトランクを置く。トランクといっても中身はほとんどここへ来る時に新しく買った衣類だ。9階にあった俺達の私物は大方燃えてしまった。
ボスがニーナちゃんと共に帰国したのは、あの事件が終わった後だ。状況説明は優秀組の3人、そしてアタシに求められた。
陽がいないことに気付いたボスは、死んだとでも思ったのかそれに関してアタシに聞こうとしなかったが、あいつがスパイだったことはアタシから報告した。
施設の周囲は立入禁止となっているが、アタシたちリバディーのメンバーはボロボロになった施設の一階に召集され、いよいよ最後の集会が開始された。
「建物が新しくなるまで休暇とする。ただし、緊急呼び出しには必ず応答しろ」
今この場にはリバディーの構成員ほぼ全員が整列している。怪我の治療中でいない人間もいるが、こうもずらっと並んでいると目がちかちかする。特に今日はみんな私服なので服が揃っておらずカラフルだ。
「それと。“元”指揮官である陽のことは、もう広まっているんだろう」
ボスが初めてみんなの前でこの話題に触れた。
確かに、陽がスパイだったということはボスが今改めて言うまでもなく、凄まじい速さで組織中に広まった。…それほどこの組織の人間にとって陽の存在は大きかったのだ。
未だに信じられていない者、涙する者、憤怒する者。陽がいなくなった当初は混乱が続いた。陽は顔が広く、仲の良かった人達も少なくない。
「この休暇中に気持ちを切り替えろ。今後の任務に支障を来すな」
ボスの言葉は冷たくも聞こえるが、陽のことを可愛がっていた彼だって、きっと動揺したに違いない。
でもこんな時だからこそ誰かが冷静にみんなを引っ張らなくてはいけないのだ。
これ以上の混乱を招かないためにも。
「最後に1つ」
ボスは集会で話す時いつも短く終えるから、まだ続くのかと意外に思った。
なんだろうかと思って見ていれば、一瞬ボスと目が合い、瞬時に嫌な予感がした。
「――6階の指揮官であるチャロを左遷する」
周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。頭が真っ白になった。
え、…なに、それ。そんなのアタシ聞いてない。
「新しい指揮官については休暇後に伝える。解散」
あまりにもあっさりと告げられた降格の知らせに、動揺を隠せない。
どういうことですか、と叫びそうになったが、ボスはすぐにどこかへ行ってしまった。
最近のボスはいつも以上に多忙だ。アタシを個人的に呼び出して事前に指揮官をやめさせることを伝えられるほどのいとまはなかったのだろう。
でも、それにしたって…ちゃんとした説明もなしに。
「当然でしょ?僕は陽くんを捕まえるようメンバーの奴らを指揮してもらおうと思ってわざわざチャロに連絡したのに、指揮するどころか不意を突かれてやられたんだからさ」
「っ、」
気配なく近付いてきていたラスティ君が、うつむくアタシの横で言う。
「何で油断したのかな?相手が陽くんだから?僕ならたとえ付き合いの長いぶらりんでも、スパイ疑いがあるなら油断しないね。おおかた、甘言に惑わされたってところかな?好きだとでも言われた?」
ラスティ君の言葉がぐさぐさと心に刺さる。図星だから余計に。
ラスティ君の口元に浮かぶ笑みから、アタシを責め苛むことを愉しんでいるのだと分かる。
「馬鹿正直に全部報告するからこうなっちゃうんだよ」
ボスに虚偽報告をしろと言うのか。自分の地位のために?…そんなの、無理に決まってる。
「チャロは不器用だね。敵にほだされるなら、もっとバレないようにほだされないと」
アタシにだけ聞こえるように囁いてきたラスティ君は、まるで自分自身が敵である誰かにほだされたことがあるような口ぶりだった。
ラスティ君が去っていった後、言い知れぬ不安が襲ってきた。頭痛がする。
自信過剰かもしれないが、今まで優秀な指揮官であると自負していた。
でもそれは、陽とアタシの2人だったからかもしれない。
アタシは陽がいたから指揮官という立場になれたのかもしれない。
訓練生時代も、ずっと2人で頑張ってきたのに……。
…だめだ、こんなことを考えては。陽はスパイだったのだ。元から仲間じゃない。
ずきんずきんと痛む頭を押さえ、キャリーケースの持ち手を強く握って歩き出そうとした時。
「チャロ指揮官!」
振り向けば、見知った青年。最近成績を上げてきている、よく見かけるメンバーの1人だ。
「……もう指揮官じゃないよ」
名も無き構成員に逆戻りだ。少し寂しいが、考えてみれば、あのまま指揮官を続けても納得のいかない日々を過ごすことになっただろう。これで良かったんだ。
「…じゃあ、チャロ先輩。俺、チャロ先輩の指揮が好きでした」
青年の真っ直ぐな瞳は綺麗だった。
「適確に俺達を導いてくれたのはチャロ先輩です」
ああ…元部下にこんなことを言わせては駄目だ。気を遣わせては駄目だ。
陽を失ってショックを受けているのはアタシだけじゃない。
大きな変化に不安を感じているのはアタシだけじゃない。
「俺達と一緒に頑張りましょう。また俺達の指揮をしてください。ボスが昇格させざるをえないくらい、優秀な成績を収めてください」
その時、ちらほらと雪が降り始めた。
青年はハッと気付いたかのように顔を赤くし、「偉そうなこと言ってすいませんっ!で、では!」と言って走り去っていく。
若いな…と思い、自然にふっと笑ってしまった。
アタシは今度こそキャリーケースと共に歩き出した。
今もまだ陽がいないことに違和感を覚える。
あの馬鹿みたいな笑顔をもう隣で見られないと思うと胸が締め付けられる。
だけど季節は変わる。時は過ぎる。
陽のいた日々は遠ざかっていく。
アタシは1人になる。この先何があるか分からない。
怖いよ。…怖いけど。
髪を切ろう。
体を鍛えよう。
また始めよう。
大丈夫、
これから何度だって立ち向かっていける。
――某日、とある高級ホテル。
長期休暇、という言葉が相応しいのかは分からないが、こんな形で仕事が休みになるのはリバディーに入ってから初めてのことだ。
宿泊先の指定はされなかった。
この時期は新しい構成員を求める組織が多く、地方から来る奴らは試験に備えて少し前からホテルを取っている為この辺は満室が多い。
自分で探すのが面倒なのだろう、適当なホテルを探しているとラスティも付いてきた。
ラスティがいるということもあって飯のうまいホテルを探し、都心からは少し離れたところで泊まることになった。
「アラン、ベッドどっちにする?僕は窓際がいいなー」
「どっちでもいい」
「じゃあ僕窓際ね~」
ラスティはベッドの脇にトランクを置く。トランクといっても中身はほとんどここへ来る時に新しく買った衣類だ。9階にあった俺達の私物は大方燃えてしまった。



