魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)

 いきなりのことだった。
 彼は右拳で自らの頬を強かに殴りつけたのだ。口内を切ったか、唇の端から血が滴る。

「ちょっ、なにを――」

 私はハンカチを手に彼に駆け寄った。すると、彼は素早くその腕を掴み……私の唇を強引に奪った。
 そして私が腰砕けになったのをいいことに、そのまま地面に押し倒す。
 血の味が口の中に広がりながらも、それもどこか甘美に思え、私は彼をふりほどけずにしばらく抱擁とキスを続けた。彼の黒髪がざわりと広がるが、出血は唾液に薄められ、変身するまでには至らずやがて治まっていった。

 やっと彼の身体を押し退けた時、軽く息の上がった私の上で彼は、その顔を強く歪めていた。
 涙が、ぽたりと落ちた。

「俺は、お前を大事にしているつもりで、そんなにも追い詰めてしまったのだな」
「あ……」

 彼はそっと私を引き起こすと、胸元から少し汚れた小箱を取り出し、手を取って私に握らせた。