魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)

「いえ……」

 私は……どんな事情があれど、当主の用意した婚姻を蹴って伯爵家から逃げ出した身だ。そのような人間が彼と結ばれることなどあっては、どんな悲劇が彼に降りかかるかわからない。ディクリド様は、これからこのハーメルシーズ領で、たくさんの人々を導いていかねばならない存在なのだ。

 だから、こんなことは今日限りにして、お互いの日常へ戻らなければ。

「サンジュ……夢のようなひとときを俺に与えてくれて、感謝する。お前に恥じぬよう、これからも俺はここで皆の暮らしを支えていくよ。それを、見ていてくれるか?」
「ええ。私も及ばずながらお手伝いします。そして、たくさんの人があなたを想っていることを、どうか忘れないで……」

 私は一歩離れ、見送る笑顔を扉側へと向けた。
 指先を震わせ、“黄金色”の眼差しを細めたディクリド様の表情がくしゃりと歪む。

 だが彼は一度固く目を瞑ると深く礼をし、部屋から出てゆく。