「…っ、もうっ…可愛いこと言わないでよっ…」
可愛い?
よく秋葉は確かに言っていたけど…。
「大好きっ…」
「わっ…」
秋葉が、抱きついてきた。
「じゃ、いくぞ」
「ちょい待ち! 無視しないでよ不真面目!」
秋葉がすごい形相で睨みつけた。
その言葉も無視して、倉くんは屋上の扉に鍵を差し込む。
ーがちゃん
鍵が開く音が、静かな空間に響く。
ギイイっと古い音を立てながら、錆びついた扉が開かれる。
「わ、あ…っ」
隣で秋葉も息を呑んでその絶景に見入っていた。
ここの学校は、海が少し近い。
夕暮れ時な今は、夕焼けが海に反射してきらきら輝いていた。
雲ももちろんオレンジ色に染まっている。
「綺麗…」
秋葉は、その景色に目を奪われている。
倉くんは…?
倉くんをちらりと盗み見る。
何故か…勝手に見ちゃいけない気がして…秋葉にもバレないように、倉くんにもバレないように、こっそりと見たかった。そして…倉くんが、この絶景にどういう反応をしているのか…何だか、気になった。
絶景なんて、綺麗なんて、思ってはダメだ。私は…本当だったら、二週間前に死んでた。
だから…今までに亡くなった人たちが、きっと…。
私、だって本当は死んでいたんだもん。感情なんて、言ってる場合ではないだろう。
だって、死んでるんだから。死んでたら、感情なんて感じない。そもそも、喋ることすら不可能。
だから…生きている。今、生きている。
それは、何だか…今だけ許された、ほんの少しの間の娯楽みたいなものなんだろう。
娯楽………意味、は…。
……………まあ…いっか。
倉くんは…目をきらきらさせている秋葉を、口角を上げて見ていた。
あ……。
『ちょっとくらい息抜きしたら?』
『気にしない』
『苗字じゃなくていいから』
感情が、感じたことがないはずの感情が、どんどん溢れて溢れて止まらなくなる。
前に、倉くんに抱いた感情を、諦めようとした時があった。
『秋葉と桜井くんって、付き合ってるんだって!』
クラスメイトの女子が、興奮して告げたあの日のあの時、私の鼓動は一瞬止まった。
ー今、なんて?
…ああ、これが夢だったらいいのに。
起きたら全部夢で、秋葉に言ったら、「そんなわけないじゃん」って、言ってくれたらいいのに。
『桜井くん…どうして? あんなに、付き合わないって言ってたのに』



