さあっと私に襲いかかってきた眠気。
私の意識を最も簡単に奪っていく。
「あ…き⁉︎」
さあっと、視界の端から黒く塗り潰されて言った。
** **
目の前に広がる、永遠と続きそうな霧。
「霧⁉︎」
これは、天使の夢だ。
なんで? どうして? 秋葉に呼ばれただけなのに。
秋葉と天使、繋がってた? いや…そんなことはない。繋がりがあるのは、私だけなはず。こないだ天使と初対面しただけで…。
「実紀」
「秋葉…」
どうして? 秋葉が、天使の横にいるの?
「秋葉…どういう、こと?」
「こないだの殺人しようとしてたやつか」
「倉くん…⁉︎」
倉くんが…いる。
「イケメンくんをもう一度見たかったので、イケメンくんも呼ばせてもらいました〜」
「面食い野郎!」
こんな天使の扱い方はちゃんとわかってる。
「で、どうして、秋葉が…?」
「み、き…っ」
秋葉の表情が、くしゃっと崩れた。
「実紀。私、死んでるの」
「…え?」
その言葉を、理解することを全てが拒んだ。
「死んで、る?」
「うん。49日前に、死んだの」
「49日前…って、私が初めてこの夢を見た時…?」
感情を、失くした時だ。
「うん。実紀には、この馬鹿野郎が『実紀が死んでる』なんてアホなこと言ったらしいけど、本当は私が死んでたの」
「そーそっ。で、こいつが『もうちょっと実紀と生きたい! まだ死にたくない! 絶対実紀、あのムカつく桜井のこと好きだから、くっつけてから死にたい!』なんて嘆くから、ちょっと夢叶えてあげたの。偉いでしょ?」
ドヤ顔している天使はスルーしておく。こういう優しさもあるんだよ、うん…。
「じゃあ、どうして私の感情を…?」
「それはね、死んでる人が生きるなんてことは許されないから、必ず何かの代償がなきゃダメなんだよ」
「私は、実紀以外なら何を失ってもいい、私なら好きにしていいって言ったのに、このアホが!」
「いや〜、それにOKも出してないし? それに、代償はその人が一番大事にしているものじゃなきゃいけなかったんだよね。だから実紀が選ばれたの〜」
え、私⁉︎
そこで私が出たことに、素直に嬉しくなった。
「…じゃあ…」
「…うん。49日目、死んだ人が飛び立つ。私、もういなくなっちゃうんだ」
悲しげに笑った秋葉の顔が、滲んできた。
「え、やだ…やだ!」
秋葉と、お別れ…?
これまでのことが、どんどん蘇ってくる。
なんかあった時近くにいたのは、いつも秋葉だった。
いつだって、どんな時だって、秋葉がいた。
もう、秋葉が隣にいるのが当たり前になっていた。
秋葉を失ったら…私、どうなっちゃうんだろう。
私は、私じゃなくなってしまうのかもしれない。
「嫌だ…いなく、ならないで…」
「…実紀は我儘だなぁ。自分の死は素直に受け入れたのに、私のは嫌がるんだ?」
「…やだ、だって、秋葉は、秋葉はっ」
「もういいんだよ、私だって実紀と一緒にいたいけど、もう変えれない。この49日間、実紀と過ごせただけ、奇跡。そう思ってくから」
…っ。
こんな時まで、私…。
涙が頬を伝っていた。
悲しいとか、世界中の言葉を集めたい。
私の語彙力じゃきっと、今の私の気持ちは全て表せない。
「いやっ…、秋葉っ」
「いいよ、もう。本当はこの49日間のこと、覚えてちゃダメなんだから」
え…それって。
「忘れろって、言ってんのか…?」
「それ以外ある?」
ーやだやだやだやだ…。
ショッピングモールの屋上で抱いた予感は、当たってたんだ。いや、当たってほしくなかった。
「やだっ…秋葉っ…」
「永遠の別れでもないよ? 私の墓で会えるじゃん」
永遠の別れだよ、秋葉。
秋葉だって、きっと悲しい。泣きたい。押し潰されそうなほど、きっと辛い。
でもそれをぐっと我慢して、私の背中を押そうとしてくれてる。
私が泣いてたら、きっと秋葉も辛くなってしまう。
わかってるのに、理解してるのに、全てが秋葉を求めていた。
「…じゃあね、実紀。幸せになってよ? せっかく私が応援してあげたんだから、桜井と幸せになってよ?」
秋葉だって、泣いてるくせに。
「桜井だって、実紀のこと泣かせたら許さないよ? 本気で呪ってあげるから」



