「うん! 実紀が行きたいところでいいよ!」
「私は…」
確かに、ずっと行きたかったところはあった。
「…じゃあ…」
** **
さあっと髪をなびかせる快い風。
吸い込まれていくんじゃないかってほどの大空。
ところどころ浮かんでいる雲は不規則で、でもその不規則さが美しい。
このデパートで、一番空に近い場所…。
屋上。
「綺麗…」
昼も青空が綺麗だけど、やっぱり夕方の空は格別。
「綺麗っ…学校より高いしね」
うん、と頷いた。
柵の遠くまで、よく見える。
点々とある家や建物が、夕焼けを反射してオレンジ色に光り輝いているように見える。
雲もちょっとオレンジ色に染まっている。
家と家の間に太陽が、吸い込まれていく。
秋葉も私も、それを食い入るように見ていた。
すうっと太陽だけじゃなくて私まで吸い込まれていく感覚がした。
「綺麗、だね…」
秋葉は…どんな反応をしてる…?
「秋葉…?」
秋葉は、静かに、泣いていた。
「ごめん…なんか、綺麗すぎてさ」
「わかる」
綺麗だった。この世の物ではないかのように。
何度も、何度も、空とか景色を、自然と触れ合うたびに、思う。
言葉にできないくらい綺麗で、世界中の言葉をかき集めても言い表せないくらいに、本気で心を動かされる。
「…実紀」
秋葉が不意に呟いた。
「実紀は…この瞬間を、絶対忘れないでね」
「…」
秋葉の、泣き笑い。その背景には、夕焼け。
どうしようもなく、胸が震えた。
「もちろん」
この瞬間を、絶対に忘れたくないと強く感じた。
この瞬間を、何があっても手放したくなかった。
秋葉が、何で今、そんなことを言ったのかとか、そんなことを考えたくなんてなかった。
「秋葉も…忘れないでね」
気付けば、私も泣いていた。
何故だろう、こんな一日なんて、もっとこれからも積み重ねれるはず。
なのに…今日は、今日を大切に、記憶に…違う、もっと大切な…魂とかいうのに刻み込まなきゃいけないと、感じた。
この日を忘れた瞬間に…私の中の何かが崩れていく気がする。
何でだろう、人生なんて忘れることの連続で、ちょっとしたことはすぐに消去されてしまうのに、私の本能が、全てが、今日だけは忘れたくないと叫んでいる。
もし世界が、私の頭がそれを許さなくても、魂に刻み込んだこの記憶が、絶対に私のどこかに残ると思った。
こんな綺麗な景色なら、きっと一ヶ月後でも一回は思い出すと思うのに、なぜか覚えていないとダメだと感じている。
覚えていないと、きっと忘れる。
そんなに儚い記憶なんだろうか。
でも…。
「うん」
小学校の卒業よりも、慕ってた人が卒業しても、ここまで必死にならなくても、簡単に思い出せたのに。
今日のことはそんな単純なんかじゃないと、髪を揺らす風が、秋葉の泣き笑いが、いつからか頬を伝う涙が、物語っていた。
そして、今日秋葉とした約束を、絶対に覚えていたいと思った。



