キミのために一生分の恋を歌う -first stage-

「あのさ、さっきの話の続きなんだけど。小夏がbihukaと知った上でもう一度言わせて欲しい。やっぱり僕は小夏がこのまま歌い続けることには反対だよ。経過を見ても、何度も喘息発作を繰り返してその度に悪化してることは分かってるよね。今は君が小さかったころに比べていい薬が出てるから、入院するほどのことはなくなっているかもしれない。でも、将来のことを考えるなら一度真剣に自分の身体と向き合わないと」
「諏訪野、先生!!」
と、諏訪野さんのことを敢えて先生と呼んで彼の言葉を遮った。私は言葉を続ける。
「歌を奪われた私に未来なんてないんですよ」
一番大切だから、命よりも大切なことだから、迷わず伝えた。

諏訪野さんは黙ったまま私の瞳を見つめ続ける。悲しみとやり場のない怒りとを携えているのが私には分かる。
何故なら、その瞳に宿った感情は私自身のものでもあるからだ。

「……分かったよ。このまま歌を続けてもいい。ただし幾つか条件がある」
「条件って何ですか?」
「1つは検診の頻度を上げてちゃんと嫌がらず治療を受けること。薬も今後は今より強い薬を含めて幾つか試したい」
「はい」
「もう1つは医者としてじゃなく、諏訪野晴というbihukaのファンとして、僕は1番近くで君の支えになりたい」
「……それは、あの」
顔が熱くなる。よく分からない初めての気持ち。
でも嫌じゃない。本当に本当は嬉しいんだ。
「小夏が困っている時、力になりたいんだ。どんな事でもいい」
「嬉しい……です。ホントの事を言うとまだ不安だけど、諏訪野さんのことは信じたいって思うんです。何か言われると悲しくもなって、でも一緒に居ると嬉しいって、ここがあったかくなるんです」

私は心臓の辺りに手をあてて、諏訪野さんのことを見つめる。
諏訪野さんも儚げな笑顔で私を見つめ返す。

「それなら最後の条件を聞いて欲しい。これは医者でもbihukaのファンでもなくて、僕個人のお願いだ」
「なんですか?」
「bihukaとしての歌手活動はこの夏限りにして欲しい。そこから先は、また2人で未来を繋いでいこう。歌をなくしたあとの自分がどんな風になるのか、確かに小夏には何も見えないだろう。でも僕には少しは分かるから。僕が君の未来を守るから、君は大丈夫。だからお願い。僕の言うことを受け入れてくれないか」
「……万に一つの可能性もないんですか。どうしてもbihukaは終わりにしなくちゃいけないの」
「100%の未来なんて神様にしか分からないよ。でも、一度どこかで区切らないといけないことは分かるんだ。君がこれから先も生きていくために……生きていてほしい」

生きるために。
生きるためなら。
命より大切なものをなげうってもいいの?
失ったあと、本当に私はそこに残っている?
分からない。
分からないけど、諏訪野さんのことを信じたい。
この身を預けてしまいたい。
なんなのこの気持ち、分からないまま私はただ頷いていた。