男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました

 ーーけど、私がこの世界の神でもなく作者でもないのなら。

 この世界と運命の行く末が私の知るものとは違って、私にもどうなるのか分からないというのなら。
 私は私の知ってる世界のリーチェではなく、私の知らない世界のリーチェという存在なのかもしれない。
 モブ令嬢のリーチェ・ロセ・トリニダードなんかじゃなく、リーチェ・ロセ・トリニダードという彼女の人生の主役として。

 そう考えるならばこの頬を伝う涙は私のもので、その涙を流させる涙腺も、その涙腺を震わすこの心もこの瞳も、全てが私のものだ。
 レオンが抱きつきながら埋める燃えるような赤い髪も、小鳥の囀るようなこの声も、レオンに抱きしめられながら震えている指も、腕も、レオンの熱を感じる皮膚も神経も全て私のものだって、言ってもいいのかもしれない。

 私はずっと、この世界に存在するリーチェという令嬢は私自身なのだと叫びたかった。
 そう、ずっと……。

「リーチェの言うように、クレイマス令嬢が私の運命の相手だったと仮説しましょう」

 抱きしめていた私の体をそっと解放しながら、レオンは私の顔を覗き込み、涙をそっと拭う。

「リーチェはご存知でしょうか? 運命というものは変転するものなのです」

 運命が変転する?

「例え彼女が私の運命の相手だったとしても、リーチェが私の運命の相手ではないとしても、私は私の意思で運命を変えてでもあなたを選びます」

 やっと乾きかけていた瞳に、再び水分の膨らみを感じ、視界がぼやける。
 止まりかけていた涙がもう一度溢れ出すまでに、そう時間はかからなかった。